「もう、それどころじゃない。人の小説勝手に読んで、台詞まで覚えないでよ!」
恥ずかしくて、顔から火が出そう。
「ああいうのが好きなのかと。だって、このシーンのページだけ皺が多かったぞ。何度も読み返してる証拠だろ」
「く――っ」
ぐうの音も出ない。何なのよ。この人って、一体――。
何かを言い返したいのに、何も言葉が出て来なくて悔しくて仕方がない。
「職場でそんなことをするあたりが、まさに小説だけど。でも――」
そう言いながら、ちゃっかりあんたもしたじゃないのよ!
「小説の中の上司、榊課長だっけ? あの男の心境はなんとなく共感できる」
そう言ってニヤリと笑う。
「なかなか、楽しかった。また、今度人目を盗んで他のシーンもやってみるか」
「いい加減にしてっ!」
「――朝から賑やかだね」
「わっ!」
背後に田崎さんの声が聞こえて、心臓が止まりそうになった。もう、生田のせいで身がもたない。どれだけ人の心臓をバクバクさせれば気が済むんだ。大丈夫だっただろうか。見られていないだろうか。
「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」
そんな私とは対照的に、さっきまでのことはまるでなかったことのように、生田が無表情な顔と声で田崎さんに挨拶をしていた。



