「は、はい……」
引き寄せられるように、元のように椅子に座った生田の側へと近付く。近付いた瞬間に腕を取られた。
「な、なにっ?」
驚いて声を上げた時には、生田の膝の上に座らされていた。
「な、なんの真似?」
「敬語は? 上司だぞ」
「は、はい」
心拍数をはかる計器があったら、多分振り切れて壊れているだろう。他に誰もいないからと言って、ここは職場だ。いつ誰が来るとも分からない。
なのに私は今、生田の膝の上に座っている――!
「君を見ていたら、我慢できなくなったんだ」
「え? は?」
「まだ、誰も来ないよ。だから、心配するな」
「あの、でも」
「君が、他の男たちに囲まれて働くこの場所で分からせたい。君が僕のものだということを」
え――?
その台詞、どこかで聞き覚えが。
聞き覚え? というか、読み覚え?
「あの――」
「君が他の男たちに笑顔を見せるのを、ここから見ていることしか出来ないんだ。だから、せめてこの場所で――」
やっぱり――!
「生田、それ――」
喚く私の唇を塞ぐように生田の唇が重なる。
ん――!
私の腰を強く抱く。そしてもう片方の手が私のシャツのボタンを外していく。この台詞。このシチュエーション。一言一句再現されている。私の愛読書、『冷酷上司は私だけの王子様』のワンシーンに! ということは、次にされることは――。
それは、ダメです――!
少し動くのもままならないほどに固く抱き留められていて。抵抗してもびくともしない。脚の下には生田の脚が……。もうわけがわからない!
二つほどボタンを外してシャツを広げられ、谷間がさらけ出される。
は、恥ずかしいから――!
と叫びたいのにその口は塞がれたまま。でも、きっとあの小説のワンシーンを再現するなら唇は一度離れるはず。その隙に――と思ったら、今度は生田の手のひらが私の口を覆った。そして、離れて行った唇が私の胸元に落とされる。
「ん――」
「静かにして。誰かに聞こえてしまうかもしれないよ?」
そう囁くと、晒された胸元に唇が触れてそのまま強く吸われた。
「誰にも君を渡さない。僕のものだって覚えておいて」
そう囁きながら外したボタンを一つずつ留めている。
「生田っ!」
私のシャツを元通りにした生田は、満足そうに微笑んでいた。
人をこれだけ慌てさせて、その余裕の笑みは一体なんなの――!
「もし、人が来たらどうするつもりだったの! 本当に信じられない」
「呼び捨てに戻ってるぞ。いいの?」
滑り落ちるように生田の膝から降りて、抗議する。



