「沙都。沙都チャン」
布団の向こうから呼びかける声がする。
「あっち行って。着替えたいから、あっちに行っておいて!」
もう穴があったら入りたい。もう入ってるけど。
「無理」
「なんで!」
無理ってなんだ。
「そりゃあ、朝からそんな刺激的なものを見せられたら、責任を取ってもらわないと」
また、そんな恐ろしいことを。
「明るい中で裸を自分から見せてしまったことが恥ずかしいんだよな?」
そんな風に正確に説明しないで!
「だったら、そのかっこうでいても恥ずかしくないことをしてしまえばいいんじゃないかと俺は思うけど」
は――?
「幸いなことに、今日も明日も休みだ。何度でも大丈夫だぞ」
何が大丈夫なんだ。
「休みまくりで体力ありあまっているし。いくらでも――」
「バカっ!」
私は布団を身体に巻き付けて、生田を枕でぶん殴ってやった。
「いてーな。人がせっかく慰めてるってのに」
「生田がバカなこと言うから――」
喚く私に構わず、生田の腕が私に伸びて来る。そして布団にくるまったまんまるの私を抱きしめた。
「おはよ、沙都」
「お、はよ……」
そう言えばおはようも言っていなかったっけ。仕方なく布団から顔を出す。
「朝から元気で安心した」
超絶甘い顔で私に微笑んだ。
「俺も、上半身は何も着てないし。お互いさま」
でも、ちゃっかり下はズボンまで履いてるじゃないか。
「ごめんって。意地悪し過ぎた」
何も言わない私に、生田が頭を撫でる。顔を上げて生田を見つめると、肩のあたりにうっ血した跡みたいなものが見えた。
「い、生田、それ……」
「え? あ、ああ、肩のとこ?」
何かが深くめり込んだような傷跡になっている。
「別に、大したことないよ」
「で、でも、それ――」
どうしよう。夜のものだ。私が、生田の肩を強く掴んでしまった時の。
自分の苦しさから逃れたかったから、必死で。こんなに傷を付けてしまっているなんて。
「平気だ。むしろ、いつまででも残っていてほしいくらいだよ。少なくとも、おまえが俺を求めてくれた証だから」
長い指が私の頬を伝い、後ろへと滑り頬全体を包み込む。その優しい触れ方が、私の胸の奥をまた刺激する。
「優しいね、生田は――」
「なあ。いい加減、”生田”じゃなくて名前で呼んでくれないか? いつまでも経っても他の同期の男と同程度の存在みたいで、嫌なんだ」
そんな風に切なげに言われれば、頑張るしかない。
「ま、まこ、まこと――」
暑い。頬が熱い。一言名前を呼ぶだけでものすごい疲労感。
「噛み過ぎだろ。まあ、慣れるまでは仕方ないかな。恥ずかしいかもしれないけど、練習だと思って。いつまでも名字で呼んでるわけにもいかないだろ? 将来困るぞ」
「将来……? ああ確かに、そうだね。将来どころかものすごい近い将来困るね」
「え……?」
「え?」
自分で言っておいて、生田が驚いたように目を見開いて私を見つめている。
そんな生田が不思議で私も見つめ返した。
「だって、もう明後日にも生田は係長になるわけで。職場で『生田』なんて今までみたいに呼び捨てにしたら大変だよね。プライベートで『眞』って呼んでおけば、職場でも生田とは言わなくなるでしょ? なんなら、二人の時も『生田係長』って呼びましょうか? よっ、生田係長! あっ……でも今度は『眞』って職場で言っちゃうかな」
生田が呆れたように、諦めたように、がっくりと肩を落とした。
「生田、どうしたの?」
「いや……。一瞬でも期待した俺がバカだった。これがいつもの展開だよ。我ながら学習能力のなさに呆れる」
「え? 何? なにが?」
「もう、いいよ」
そう言ってため息をつくと、生田が私をぎゅっと腕の中に閉じ込めた。
「――でも、そのうち思い知らせてやるからな」
「きゃあっ」
生田が突然、私の布団を剥ぎ取りわき腹をくすぐって来た。
「やめて、きゃっ」
「俺をぬか喜びさせた罰だ」
「ぬか喜びって、何? 何言って――、あ、もう、やめて――」
「うるさい」
――結局。朝から、裸のまま戯れてしまった。
「もう、おまえはっ!」
生田が怒ったように私の頬をつまんで横に広げる。
「な、な」
「なんでそんなに可愛いんだ!」
生田がこうして私を甘やかせるから。その度に感じるようになってしまった胸の痛みも、結局その甘さで修復してくれるから。その痛みとともに過ごせばいいと、自分に言い聞かせた。



