臆病者で何が悪い!


――年が明けてすぐ、私は自分のマンションに戻っていた。生田も、東京に帰って来ることになっていた。

「おかえり」

本当に東京駅からそのままやって来た生田が、玄関に現れた。

「ただいま」

大した期間でもないのに、なんだかとても久しぶりに会ったような気がして、少し緊張してしまう。だからか、いつもよりしおらしい態度になってしまった。
でもやっぱり、その顔を見れば、この胸は高鳴ってしまうのだ。

「沙都――」

「わっ」


一人どぎまぎとしてしまっていたところに、生田が私を勢いよく抱きしめて来た。


「突然、びっくりするよ……」

「早く触れたくて。早く会いたくて。待ちきれなかったから」


そう言いながら、大きな手のひらが私の身体をきつく掴む。
そして、それが背中を上へと滑って行く。


「――だから、触っても、いい?」


ストレート過ぎる言葉に、私はなんと返したらよいか分からない。


「返事をしないということは、了承と解釈させてもらう」

「えっ? ちょっと、待って……」


会って、まだ間もないんですけどーー。


「待てないからこうしてんだろ?」


呼吸をするのも忘れている間に私は抱えられていて、気付いた時にはベッドに横たえられていた。

あまりに自然にベッドに連れて来られていて、慌てる暇さえない。


「ちょ――」


それでも声を上げようとした私の唇は、あっという間に塞がれて。
唇の形を確認するかのように、じっくり何度も啄ばまれる。

勢いのままに強引に唇をこじあけてくるのかと思ったら、こんなにも優しいキスをしてきて。
こんなの、不意うちだ。


「……沙都の唇だ。柔らかくて、気持ちいい――」


口付けながらそんなこと言わないで!
身体が勝手に熱くなってくるから困るじゃないか!


「ちょっと、やめて……。今、ご飯の準備ーー」


私自身の身体の変化が怖くて、懸命に抵抗した。

「先に沙都を食べたい。食事は、そのあといただくよ……」


な、なにを言ってんですか――!


「でもね、あと少しで出来上がるところで……んっ」


優しかった生田の唇が牙をむく。
撫でるように重ねられた唇の間から、荒々しく侵入して来た。

それは、もう、貪るようなもので。本当に食べられてしまいそうなほど。
こんなキスをされたら、身体に力が入らなくなる。


「……ん、い、いく、た……、待ってっ!」

「やめてほしいの?」


そう聞きながら、全然やめてくれそうもない。
息継ぎさえさせようとしない激しいキスに、言葉も発することが出来なくてただうんうんと頷く。


「じゃあ、このまえ言ってたの、もう一回言ってよ」

「……えっ?」


やっと唇が離れたと思ったら、生田の唇は今度は私の耳元にぴったりとくっついた。
生田の掠れた声が直接響くみたいで、手のひらだけではなく声までが私を愛撫する。


「新幹線の中で馬鹿みたいな予行演習してただろ?」

「し、しんかん、せん……って、ひやっ」


耳たぶはもう生田の唇により陥落した。
次から次へと生田の攻めが始まり、やめてもらうのが追いつかない。


「あれ……でも、やめてくれって」


逃げようとも逃げようとも、生田の腕が私をしっかりと固定する。


「やめてほしいのはあの言葉遣い。でも、”眞さん”は、なんかたまらなかった」

「そ、そんな風には見えなかったけど――」

「あれ、言ってくれたら、今は離してやるよ」


名前で呼べってこと?


改めてそう言われるとかなり恥ずかしい。
あの時は、ご家族の前で必要だったから出来たのであって、こうして二人きりでいるときに名前で呼ぶというのは、すごくすごく、照れてしまう。


「……言わないってことは、このまま続けてほしいってことか。じゃあ、ご希望のままに」

「ち、ちがう。違います。言いますっ!」


手のひらがいつの間にか私のニットの中に入り込んで来ていた。
だめだ、このままでは行き着くところまでノンストップだ。

私は乱れる息と暴れる心臓をなだめて、心を決めた。


「ま……眞、さん――っ?」


思い切って口を開いたら、突然その唇を塞がれた。


「ん! ん……っ、はなし、が……っ、ち、が――」


話しが違うじゃないか――!

顔を両手でがっしりと固定されて、唇の中を激しく蹂躙される。


離してくれるって言ったのに――!


言葉に出来ない分、両手で抗議する。
生田の胸を何度もたたいた。


「……乱れた吐息交じりでそんな風に呼ばれたら、もう誘われているとしか思えねーだろ」


やっと離れた唇からそんな言葉が吐かれる。


「生田が言えって言うから……っ!」

「悪かった、わるかった」


そう言って笑って、生田がもう一度私を抱きしめた。


「――でも、出来たら、これからは二人の時は名前で呼んでくんない?」

「え……」


深く考えていなかった。
ずっとそうやって呼んで来たから。


「いつまで経っても距離があるみたいで、いやなんだ」


生田――。


「他の同期の男と同程度の存在みたいで。イヤなんだ……」

「そんなわけないのに……」


私を抱きしめる生田の背中に手を回す。
そして私も抱きしめ返した。


「俺はおまえにとって特別なんだって、実感したい」

「うん……」


特別な存在に決まってるのに。
こうしているだけで心臓が壊れそうなほどにバクバクしてるの、気付かないのかな。


「じゃあ、呼んで?」

「……眞」


やっぱり、かなり恥ずかしい。


「ありがと」


でも、生田が安心したようにさらにきつく私を抱きしめるから、恥ずかしくてもなんとか努力したいと、そう思った。