「私にとって結婚は、あまりに遠すぎて”結婚したい”なんて願望を持つことすらない。だからこそ、結婚っていうつながりを作れた人たちは幸せであってほしいって……」
遠くから憧れて見ていた世界は、夢の世界なんかじゃないのかも。そう思ったら、なんだか虚しさを覚えた。
「結婚の重みなんて、人によるんだろう。でも、俺は――」
いつにも増してトーンの下がった生田の声を聞いて我に返る。
私、なにを普通に結婚の話題なんてしちゃってるんだ――?
適齢期の男女が交際している中で、結婚の話題は超センシティブじゃないか!
一番神経をとがらす話題だ。覆水盆に返らず。こんな話題を持ち出して、言い淀んだり言葉を選んだり、気まずそうな表情をしたり、生田のそんな姿は見たくないし聞きたくない。少しでもそんなものを感じれば、私、絶対にへこむ。落ち込んでしまう。
それに、相手を困らせるような話題は避けるのが一番なのに……!
「まあ、そうだよね! 経験してない人間がとやかく言うような問題でもない。結婚なんて考えたこともないし、したいとも思わないし、分かるわけないや!」
生田に少しの言葉も挟ませる隙を与えないように、機関銃のごとくとにかく言葉を乱射し続けた。これだけ言葉を重ねれば、生田もホッとするだろうか。付き合い始めて間もないのに結婚をちらつかせるような、重い女になったつもりはない。今はまだ、難しいことは考えずにいたいのだ。
ただこうして生田と一緒にいること――そのことの幸せだけを感じていたい。
重ねられていた手のひらが離れて行くのに気付いて、隣にいる生田の顔を恐る恐る見上げた。
「……生田?」
見上げた先にあったのは、どこか切なそうな表情をした顔だった。
「どうか、した……?」
「いや、別にどうもしないよ」
そう言うと少し微笑んでくれた。でも、その微笑みは私の心をなぜかざわざわとさせる。
「――どうもしない」
もう一度そう呟くと、突然私を抱きしめて来た。大きな手のひらが私の頭を包み込み、ぐいっときつく引き寄せられて。
「……生田?」
その手のひらが私の髪に入り込み、首筋に吐息がかかる。
「恋ってさ――」
吐息交じりに吐き出される言葉に耳を傾けた。
「ん?」
「本当に胸が痛くなるんだな。ただの感情なのに、実際に、本当に、胸が痛い」
生田が掠れた声で笑う。
「ひりついたみたいに痛いんだけど、どうにかしてくれない?」
「ど、どうしたの? 急に、何で――」
どうしてそんなことを――?



