ある日の放課後、日直の仕事である日誌を一人教室で書いていた。すぐ傍の窓からは夕焼けのオレンジが燦々と降り注いでいる。
「内野、何やってんの?」
サッカー部の練習着のままの彼が突然教室に現れた。
「高梨こそ。今、部活中じゃないの?」
ドキン。友人相手にドキンなんてするのは変なのに。勝手にドキドキと鼓動が忙しくなるから困る。
「俺は、校庭からお前が見えたから」
「えっ? なんで?」
校庭から教室を見上げて、私がここにいたから来たってこと?
「……ほらっ」
私の質問には答えずに何か紙袋をぽんと私の方に向かって投げた。慌ててそれをキャッチする。手のひらに収まったそれを見てみると、学校近くのケーキ屋さんに売っているクッキーだった。
「何?」
意味がわからなくて、目を瞬かせてしまう。
「お礼だよ」
「お礼?」
「ノートいつも、見せてくれてただろ?」
「……あ」
いつもよりどこかぶっきら棒にそう言う彼を、それでもまだ不思議な気持ちで見つめた。
「おまえ、あそこのケーキ屋のクッキー好きだって前に言ってたから」
「え?」
またさらに驚く。そんなことも、覚えていてくれたんだ。また不意に胸が高鳴る。
「俺さ、今日、レギュラー入りが決まったんだ。だから、おまえにお礼したいってのと、一番に報告するのはお前かなって」
頭を掻きながら、少し距離のある場所で彼が言った。
「そっか。レギュラー、良かったじゃん。おめでと」
私も少しぎこちなくなる。この顔が赤くなっていたりしていないだろうか。
この胸の鼓動が、彼に聞こえていないだろうか――。
「ありがと。じゃあな」
彼が教室を出て行った。また一人になった教室で、私はただその胸の鼓動と向き合う。手のひらのクッキーを思わず握りしめてしまう。胸がきゅっとして、嬉しくて。ここで恋をしないなんてこと、可能だったんだろうか。もっと、もっと自分にちゃんと言い聞かせていたら、恋なんてしなくて済んでいたのか。
何度思い出しても、苦い気持ちになる。
それから数週間過ぎた放課後、私と沙那とで教室で他愛もないことを喋っていた。
とにかく女の子同士のお喋りって延々出来る。その日も、些細なことを面白おかしく話していた。
「――ちょっと、いいか? 話があるんだ」
そこに突然、聞くだけで胸がきゅんとする声が教室に響いた。教室には、私と沙那以外誰もいない。扉からこちらを見ている彼と目があった。
え――?
私――?
この状況を理解する前に、またも勝手にドキドキと心拍数が上がって行く。
じっと彼を見つめてしまう私の目で、彼は私が考えていることを分かってしまったんだろう。
「おまえじゃねーよ」
え――?
「沙那だ。沙那をちょっと借りる。沙那、来いよ」
「あ、う、うん……。ごめん、ちょっと行って来る」
「うん」
この時、ちゃんと笑えていただろうか。一人取り残された教室で、消えて無くなってしまいたくなった。



