私、自慢じゃないが、これまでずっと男っ気がない。

小学生時代は、普通にしているつもりでも、よく『怒ってる?』って聞かれた。
『怒ってないよ』と言っても、『やっぱ、怒ってるじゃん』と言われる。

一体どうすればいいのか分からなかった。鏡で改めて自分の顔をまじまじと見てみると、確かに、口は両端が下がり気味だし、太めの眉は表情をきつくさせる。小さくはない目も、鋭さを持っているから可愛らしいものとは程遠い。

そうか、私の顔、男顔で愛嬌ないんだ。そう気付いた。

気を付けて微笑むようにして、やっと人と同じような普通の表情になれる。それに、人の間違っていることを黙っておけない性分で。勝手なことをしている男子や、人を傷付けるようなことを言う男子に徹底的に言葉で叩きのめさなければ気が済まなくて。

『本当におまえは、いつも偉そう』って心の底から嫌そうな目で見られたっけ。

泣いている女子を庇うつもりが、だいたい男子はその泣いている女子が好きだったりする。私は、とんだピエロだ。

そして、そんな私も中学生になって初めての恋をした。

中学生にもなれば、『男子』、『女子』と変に意識し合わずに、友人というカテゴライズで関係を築けるようになるわけで。クラスメイトと男女関係なく仲良くなったりもした。

私にも、なんとなく気付けば一緒にいるようになってグループが出来ていた。

”女女”していない分、男子も変に意識しないで済んで私には話しかけやすかったのかもしれない。

――女の子として見られているから、仲良くしてもらっているわけじゃない。

そんなことはちゃんと自分に言い聞かせていた。このグループも、異性を超えた仲間だって理解していた。

そう言い聞かせてたのに――。
そのグループの男子のうちの1人が席替えで隣の席になった。
隣の席になってより近くにいる時間が多くなった。

「ちょっと、ノート見せてくれよ」

「ノートくらい自分でちゃんと取りなさいよ」

いつも居眠りばかりして、授業が終わった頃に起きて来ては私にそんなことを言う。

「頼むっ!」

顔の前で両手を合わせて、必死に頭を下げて来た。それを見て、思い出す。
彼は、サッカー部で早朝から夜遅くまで練習に明け暮れている。レギュラーを取りたくて頑張っているのを少しは知ってる。

「仕方ないな……。次の試合が終わるまで、見せてあげるよ」

「ほんとか? ありがとう、内野。恩に着る!」

突然手を取られて、ぶんぶんと振り回された。

「ちょ、ちょっと! やめてよ」

そんな彼の屈託のない行動と満面の笑みに、つられて私も笑ってしまった。

彼の試合が終わるまで、私はせっせとノートを渡していた。
ほとんど授業なんて聞いてないであろう彼のために、板書以外にも先生の言っていた大事なポイントとか『試験に出すぞ』の情報とか、そう言ったものも書き加えたりした。

「内野のノート、本当にすげぇ。授業聞いてなくても分かる気がする」

「『気がする』って何よ。分かるように書いてあげてるのよ」

心の底から感動しているかのように私のノートを見ながら大声を張り上げるから、私は照れ隠しのようにそう言った。

「ほんとだー。沙都、字も綺麗だし、参考書みたいに分かり易い」

同じグループのもう一人の女子。名前に私と同じ漢字が使われているから、特に仲良くなった目がくりっとした女の子だ。彼女が彼の背後から、私のノートを覗き込む。

「だろ? 沙那も少しは内野を見習えよ。こういう字を書ける奴は、ぜってー何に対しても丁寧な奴だ。内野はそういう奴。俺はそう思ってる」

え――?

彼のその言葉で、不意に私の胸がぎゅっとした。

「どうせ私の字は、丸文字ですよーだ」

「おまえの丸文字は、バカ丸出しだぞ」

「悪かったわね」

二人のわいわいとしたやり取りがどこか遠くに聞こえて。それより私の頭の中は、さっきの彼の言葉が何度も繰り返されていた。私のことそんな風に言ってくれるなんて。

――何に対しても丁寧な奴だ。

これまで、偉そうとか、強そうとか、そんなことばかりで。”何に対しても丁寧だ”なんて評価してもらえたことなんてなくて。
近くにいる友達の彼がそんな風に言ってくれたことが、本当に本当に嬉しかった。