(明日、二次会から来るんだよな?)

その日の夜、生田からの電話があった。土曜日の遠山の結婚式の話題になった。

「そう。同期の女子は全員二次会から呼ばれてるよ。男子はみんな、式から呼ばれてるんでしょ?」

(そう。ちょっと、面倒だ)

「なんで? めでたい席だし、披露宴って結構楽しいじゃない? 美味しいお酒も食事も出るし」

(そんなのより、貴重な土曜日を潰されることの方が困る。二人でいられない)

「……そんなの」

なんと答えてよいか分からない。

(あ……でも。あんたの着飾った姿を見られるのは、唯一いいことだな)

「え……っ?」

(田崎さんがそんなようなこと言ってたろ?)

あの会話、聞かれていたんだ。より、なんと会話を続ければよいのか分からなくなる。

(でも、やっぱりイヤだ。俺以外の男も見ることになる)

だからーー! 

そういう、答えに困るようなことばかり言うのはやめてほしい。

(田崎さんに、着飾ったあんたは雰囲気が変わるって言われて、嬉しかった……?)

何も答えられずにいる私に、生田が低い声を放った。

「な、なに言ってんの。そんなわけない。あんなの、ただの社交辞令でしょ? 田崎さんは優しい人だから、ああいうこと言うんだよ」

(優しい人って、そういうこと言うんだ。俺は”優しい人”じゃないから、分からない)

「……どうしたの?」

(別に、どうもしないけど)

なんだか、怒っているみたい。

(内野)

「ん?」

(……好きだよ)

「な、何? 急に」

やっぱり変。すごく、変。

(たまには言葉にしておかないと、あんたは忘れそうだから)

「や、やめてよ。そうやって、人をおちょくるの」

(好きだ)

「だから、やめて――」

(あんたは明日、また、俺とはなんでもないみたいな顔をするんだろう? だから、あんたが俺の女だってこと忘れさせないように、分からせるために言ってるんだ)

いつもと違う口調。優しくないし、冗談交じりでもない。どこか苛立っているみたいで。
自分の感情が見えなくて、どうしたらいのかも分からない。そんな私を、生田が責めているみたいで。
最近、苦しいのだ。生田といると苦しい。

それは、どうして――?

「忘れたりしない。お願いだから、私を責めないで」

(これって、責めてるの? 俺があんたに好きだって言うのは、責めてることになるのか? どうしてだよ)

「だから、怒らないで!」

思わず声を上げていた。

(……悪かった。確かに、少しイラついてたかも。ごめん)

スマホの向こうで、生田が大きく息を吐いたのが伝わって来る。私の鼓動はせわしなく打つ。悪いのは生田じゃない。本当は、分かっている。
いつまでも、怖がってばかりの私のせいだ。
私、こんなにも人を好きになるのが怖くなってる。心のままに向き合うのが怖いのだ。だから、生田が大切にしてくれても、応えられない。

――好き。達也、すっごく好き。大好き。

一度防護服を脱いでしまったら。あの時、私は、ふわりと軽くなった身体で、浮ついて舞い上がって我が身を忘れて女になった。女になってもいいんだ。こんな風に甘えてもいいんだ。『好き』なんて言葉を、私の口から言ってもいいんだ――。

そう思えて、大学時代、自分でも信じられないほどに、達也に溺れて行った。

一度自分を解放することを許してしまったら、もうすべてを捧げたくなって。
キスをしたら、身体を繋げたら、もうこの温もりを絶対に手放したくないという強い気持ちが自分自身を縛り付けた。

初めて許された女としての振る舞いは、麻薬のように私を解放して夢中になって。中毒のように達也がなくてはならなくなった。達也がすべてになった。
でも――。達也は違ったんだ。

どうして生田は、私を好きだと言うの――?

これまでずっと胸に横たわっている疑問が、より大きくなって私に覆いかぶさって来た。

生田と電話を切った後、その夜なかなか眠りにつくことが出来なかった。

気付けば、何度も寝返りをうっている。

目を閉じても、脳がはっきりと冴えていて。
目を閉じても閉じても、考えてしまうのだ。

どうして、生田はこんなことをしているの――?

人間、自分の中で原因と結果が繋がって、納得することが出来て初めてその事実を消化することができるのだと思う。
だけど、いくら考えても分からないのだ。

どうして、生田は私のことを好きなの――?

全然理解が出来ない。
分からない。
人を好きになるのに理由はない。なんて言う人もいる。
そういうことがあるのだろうということは理解できる。
でも、突き詰めて行けば、必ず何かの要因があるはずなのだ。

例えば。
出会ったその時に、感じた何か。

感じがいいな、とか、顔の雰囲気が好きだなとか。その人の醸し出す空気感、声――。つまり、出会いの瞬間に感じる好意。

この場合は、会ってからそんなに時間が経たない間に好意が発生する。一目ぼれの類だ。
私は、これには当てはまらない。
生田と出会ってもう4年が経過している。同期としてずっと知り合いだった。
それに、私は一目惚れされるような女じゃない。

じゃあ、もう一つのパターン。
接しているうちに、知るようになってから好意を持つ場合がある。
これもこれで、私には当てはまらない。
生田とは知り合いだったとは言え、親しくして来たわけではなかった。
この四月に同じ課になるまで、本当にただの知り合い程度だった。

同じ課になって、確かに、二人で時間を過ごしたことがあった。
でも、あの時の私が、好意を引き出すとは思えない。
元カレとのイタイ過去をぶちまけて、飲んだくれて。
大学時代から、いかに女として扱われていなかったかなんていう、とんでもなくどうでもいい話を、生田はただ聞かされていただけだ。

どこで、どう惚れるって言うの――?