もう、完璧に気付いていた。

頭の奥底にある、過去のマイナスを収める棚。そこに並ぶ鍵の掛かった箱が、あの女の言葉で開いたことを……。

今、思えばあれが僕の初恋だったのかもしれない。
英会話教室の隣に住んでいた小さな女の子。

当時、十歳の僕には、その時のあの態度が何なのか全く分かっていなかったが……今なら分かる。好きな子ほど苛めたくなる男心……天才と言われていた僕も、例外ではなかったようだ。否、天才故に、もっとタチが悪かった。

雪のように白い肌を病弱な奴と罵り、黒目がちな大きな目をブラックホールと比喩し、罪も無い幼女を高度な言葉で苛め、結局、嫌われた。

「恭吾君のこと、好きだったのに、もう、大嫌い! もう、一生会わない」

女の子は、幼稚園児ながら、それを有言実行した。
次の週、マギー先生から、アザラシの子がプリントされた封筒を手渡された。

「お隣さん、アメリカに越した。これ預かった。淋しいね」

そんな風なことを片言の日本語で言ったと記憶する。
家族以外で、仲良くなったたった一人の友達だったのに……。