〈今すぐ、グランドステイKOGOのラウンジに来て! 来なかったら、恭吾兄様の大切にしている、あの! お宝を、窓から投げ捨てます!〉

電話の向こうで、ケンケン吠える百合子に、あいつなら遣り兼ねない! と危機感を覚え、即座に承諾した。

あれを壊されてなるものか!
そう思うと、知らず知らず足早になる。



「うそっ、何この携帯! どうして動かないのよ!」

その声は、燦々と照り付ける陽射しの中からいきなり聞こえた。
ん? と思いながら、更に大窓沿いに進み、角を曲がると……。

窓を背に、射し込む光りの中に……女がいた。
どうやら先程の声は、あの女が発したものらしい。

女は和服姿だった。だが、いつも見慣れている母や妹と違い、季節外れの成人式? と思えるほどに着物が浮いていた。

それはまるで、アザラシの子、ゴマちゃんが、晴れ着を着たようだった。

「もう、どうするのよ! 私の命なのに!」

怒っているのか、悲しんでいるのか、女は何とも言えない表情で、今にも、握る携帯をブチ投げそうに見えた。