“彼”と言っても、彼氏彼女の彼ではない。

ただ単に、毎週金曜の夜だけ来るお客様がいるってだけ。


「今日こそお持ち帰りされちゃうのかな?」

「...そういう妄想は他所でお願いします」


変態オヤジのようにニヤつくマスター。
彼のこの顔には訳がある。

それはー...

カランカラン。


「こんばんは」


...来た。


「おぉ。拓巳、丁度お前の話で盛り上がってたんだよ」

「俺、ですか?」


こいつが来ると、マスターは口を滑らせまくる。

キョトン、と目を丸くした金曜日の“彼”。
こういう顔は、いつもと違って余裕が見えないところは嫌いじゃない。


「大した話じゃないから気にしないで」

「サエさんに言われると聞きたくなるなぁ」

「どうして?」

「サエさんがいいオンナ、だからかな?」


女なら誰でも彼の虜になってしまうような色っぽい笑顔と甘い口説き文句。
それでも私は靡かない。


「そういう事は好きな子に言った方がいいわよ」

「サエさんがその“好きな子”だ、って言ったら?」

「いつものお世辞ありがとう。でもあいにく間に合ってるわ」