金曜日の夜。

カランカラン。

軽くて心地よい、聞きなれた音の鳴るベルのついたドアを開ける。


「こんばんは、マスター」

「冴ちゃん、今日もよろしくね」

「えぇ、こちらこそ」


私、菱崎冴花。23歳。
就職に失敗して、現在バーテンダーをやっている。
今の時代は就職難で、大学を卒業する時になっても就職が決まらない子が沢山いる。
私もその中のひとりになってしまった。

これからどうしたらいいのかも分からなくて、でもお水の世界に足を踏み入れる勇気もなくて、途方にくれてやけになってた私に、バーテンダーにならないか、って声をかけてくれたのがマスター。

その日、やけになってここで呑んだくれててよかった、と今なら思える。


「今日、金曜日だよね?」

「えぇ」


カウンターの奥でエプロンをつけたりと準備をしていた私に、ニヤニヤしながら聞いてくる。


「どうしました?」

「いやー、金曜日って言ったら、ねぇ?」


何その含んだ言い方。

マスターの言いたいことは分かっている。

今日は、“彼”が来る日だ。