家から自転車で30分のところに、俺が通うことになる高校はあった。
町で唯一の大きな建物だった。全生徒は100人弱。俺は2年1組に入ることになり、校長室では若い女の先生がにこにこして校長の横に立っていた。

「じゃあ行きましょうか」
にっこり笑って先生は俺の前を歩いて行く。
「東京から来たんじゃびっくりすることばっかりかもしれないけど、みんな優しくて良い子だから大丈夫よ」
「はあ」
「でも茶髪にピアスじゃ、最初は浮いちゃうわよ」
「俺地味なほうっすよ」
「どこが? 女の子なんかきっとめちゃくちゃ騒ぐわよ。うちの男の子はみんな坊主頭だから」
「はあ」
「さあ、入って」

先生に促されて教室に入ると、騒がしかった声が一気に静まった。
「先生、転校生なんて聞いとらんよ?」
「しかもそがんかっこよか子」
「かっこよかあ」
「髪染めとるよ、ピアスしとる」

生徒は20人ちょっと。
視線が一気に集まって、ちょっと恥ずかしくなった。
「自己紹介して」
「あ、えっと、棚橋悠介です。よろしく」
「どこから来たと?」
「東京」
「東京!!」
質問に答えながら教室を見回す。男はみんな坊主。女はみんなショートカット。眉毛はまったくいじってない。夏休み明けで肌は真っ黒。おしゃれなんて言葉知ってんのか?

きょろきょろしていたとき、ふと1番後ろの窓側の席に目がいった。黒くて真っ直ぐな長い髪。真っ白な肌。長いまつ毛に形の良い唇。他の女子とは比べものにならないくらい綺麗な子がいた。
その子の隣は空席。つまり俺の席だ。俺はちょっと嬉しくなった。
「俺の席あそこですよね。もう席についていいすか」
「ああ、いいわよ。みんな仲良くしてね」

「標準語ばい。かっこよか」
「芸能人みたいやね」
「俺も髪伸ばしたらああなるかなあ」
「無理よ、顔のつくりの違うもん」
席につくと、その女の子はこっちを向いて笑った。
「よろしくね」
「ああ、名前は?」
「鹿野香。東京の男の子ってみんなそがん派手なの?」
「いや、これは派手なほうじゃないんだけど」
「そうなの? 東京てすごかね」

笑うとますますかわいい。
かわいい女の子なんていないと思ってたけど、この子は特別みたいだ。