大きな鳩さんの背中から、少し声の高い男装の女の子みたいな声がした。
「お嬢さん、コイツっす。めっちゃ鼻が曲がるッス」
 鼻を押さえる鳩さんの後ろから、『退け』っと鳩を蹴り飛ばす足が見見える。どうやら、後ろに小さな少年が居るらしい。今朝の――、変な奴かな。
「ちょっと! うちの鳩に何するのよ」
「お嬢さんっ」
「こいつが、渡したいものがあると言いつつ手ぶらな上に、俺を臭いと言ったぞ」
「……仕方ないわね。もう少し好きにしていいわ」
「お嬢さんっ」
 私の寝返りに涙を流して狼狽える鳩を突き飛ばし、らせん階段の手すりに飛び乗り、二階から見下ろしてくるのは、やっぱり今朝の男の子だった。学ランを脱いだ彼は、肩にガンショルダーを装着している。ちょっと瞳の色素が薄いせいで、本当に映画のワンシーンみたいだった。
「お前にまた会いたかった。お前からやってくるとは」
「別に。私は担任から頼まれてプリントを渡しに来ただけよ」
 その肩に装着してあるガンホルスターの中身は本物ですか?と聞いたらややこしくなるだろうから完全に無視させてもらう。
「担任。ということは同じクラスか。だが今朝は教室に居なかっただろ」
「私、病弱なの。だから遅刻してきたでしょ」
 病弱どころか煎餅を一袋食べても歯が痛くならない程度には元気だ。
「病弱で守ってやりたいぐらいの小さな美少女、か」
「今、小さいって言ったでしょ。下りてきなさいよ。ぶん殴ってやる」
 頑張って牛乳を飲んでいる人間に向かって、正面から小さいというのは、その刀で真っ二つにして下さいって意味と同じ事である。
 だけど、何かブツブツ言いながら下りてくるその転校生から、ブワッと黒い靄が湯気のように溢れてきた。『忌み』と言われるような、悪い心の靄を彼の思考が生みだしている。念の為に秘め百合を持っていて正解だった。こいつは、私の天敵だ。
「よし。お前、名前は何と言う」
「偉そうに言ってんじゃないわよ。あんたこそ名乗りなさいよ」
 帽子さえ脱がずに、なぜ学ランの上着は脱いでいるのか。その肩の銃を目立たせたいだけなのか。どうせ玩具に決まっているけど、高校生にもなってピストルの玩具持って粋がるなんて変態としか思えない。
「俺は諌山(いさやま) 鵺(ぬえ)。昨日、東京から此処に来たばかりだ」