うちの古ぼけた築何十年かも分からない汚らしい駄菓子屋の前に、花屋の前にも続く長いリムジンが止まっていた。透真くんと鳩はそれほど驚いていないあたり、見慣れているようだ。
 その横で泥だらけの二人が並んで座っていると、対のようで面白い。
「で、なんで三分一さんも一緒に座ってるの?」
 私が三分一さんを見ると、無表情な彼は縮こまり、多分申し訳なさそうにしているつもりだろう無表情さで言った。
「すみませんでした。私が事故多発や揉み消し、酷い仕事体制の運送会社とは知らずに契約していました。これは反省の意味をこめています」
「……ふうん」
「嘘だろ。ひととせが怯えてるぞ」
 鵺が余計なことを言うので口を押さえておいた。
「どうしてそうなるのよ」
「浄瑠璃の目でそう思ったんだ」
 まあ今回の原拠はこの人の営業のせいかもしれないので、スルーしておくことにする。
「ごめんね。狐のお雛様、やっぱり貸し出しは今回しないことにしたから。代わりにうちのお雛とお内裏にしてね」
「――困りました。私の失態だからしょうがないのですが、狐のお雛様ではないと、上のモノになんと言えば」
 ぶつぶつと頭を抱えている三分一さんの後ろで、カツカツと杖の音がした。
「ばかもんっ まだそのようなものを言うか!」
 ツルツルの頭に、銀の上品なフレームの眼鏡に、若浅草色の着物を着たお爺さんが、杖をつきながら、うまい棒を片手に駄菓子屋から出てきた。
「ああ、高貴な香りっす」
「おじさん、じいちゃんは?」
「お前らも花屋でシャワーでも浴びて部屋に入ってこい。君が比奈ちゃんかね」
 なんか校長先生とか理事長先生とかに直面した気分だ。このおじいちゃんから凄いプレッシャーを感じてしまう。
「私が比奈です。えっと重お爺ちゃんのお義兄さんですか?」
「左様左様。隠居した身だったが愛する愚弟に頼まれたら、一肌脱ぎたくなりましてな。いやはや。この運送会社は洗えばいくらでも汚れが出てくる。どうしてこんな会社を選んだのか、うちの老舗デパートも落ちぶれたものよ」
 そういうと、次はヨーグルの青リンゴサワー味を食べだしたお爺ちゃんは、寂しげな表情をしながらうちの駄菓子を見た。
「ここの甘味処は、芽衣子が好きだった。だが駄菓子も悪くないですね」
 ハーゲンダッツとか高級老舗和菓子とかが似合いそうなお爺さんが、駄菓子を食べている。ヨーグルなんて20円とかしかしないのに。
「あの、芽衣子さんは本当に重お爺ちゃんを兄と思ってたんですか?」
「どうだろうか。鳩くんや鵺君がいればそれが重のそばに居たいがための嘘だったかもとわかるやもしれんな」
「つまり嘘だったかもしれない?」
 辰朗お爺さんは、メガネの奥の狐の様な瞳を更に細める。
「芽衣子が幸せそうに息を引き取ったのを見れば、一目瞭然なのだが、重は本当に馬鹿な男だ」
 中でタオルを身体に捲いて、引っ張り出したストーブの前で暖を取っている重爺ちゃんは、とても穏やかな表情をしていた。
「辰朗さんって、一体何者なんですか?」
 私が尋ねると、次はきなこ棒を掴んだ手を止めた。
「三分一に聞いていないかい。前名誉会長。10年ぐらい前までは私もデパートのしがない社長をしていました。別に重に遠慮して帰ったわけじゃない。妹の幸せを重なら大丈夫だと任せていたのです」
「へー。辰朗おじさんって凄い人だったのか」