「辰朗さんって、良い人っすね。泣いた赤おにの、青鬼みたいな人だ」
 鳩が関心していると、やっとお爺ちゃんに優しい笑顔が生まれた。
「そうだよ。きっと儂は一生あの人に劣等感と尊敬を持ってしまうんだろうね。今回の君たちの事件もきっと、辰朗さんならなんとかしてくれるだろうと、――昨日、自分から連絡してしまったわい」
「重おじいちゃん……。それでも芽衣子さんはお爺ちゃんが好きだったんだよね」
「今となってはどうじゃろう。兄が強引に口説いてきたから折れてくれただけかもしれない。優しくておっとりした女性だったし」
 とほほと嘆くお爺ちゃんの弱弱しい姿に胸が痛んだ。
「彼女は幸せだったろうか。一緒に居た50年、毎日笑っていたのは、――儂が傷つけた記憶のせいなのだろうか」
 ザーッと降り続く雨を見て重お爺ちゃんも滝の様な涙を流していた。
「お爺ちゃんから雨の香りがする。あの人からも、雨の香りがしたっす」
 鳩は優しく重お爺ちゃんの肩を抱いて、こてんと頭を肩に預けると目を閉じた。
「そのバイク事故というのは、当時バイク便もしていた運送会社じゃないか? てんとう虫と四つ葉のマークの」
鵺が空気も読まずに重爺ちゃんに言う。鵺はあの運送会社の事故を、きっと徹底的に探したのだろう。
「どうじゃったかな。……でも和解にしてほしいと大金は頂いたなあ。良家の一人娘で、しかも記憶が変になった彼女を守るために儂はその大金を頂いた気がする」
「くそ」
 鵺は悔しそうに神社の柱を叩くが、お爺ちゃんは何も悪くないので黙ってじっと頭を柱に打ち続けた。綺麗な顔が台無しなのだけど、それは大丈夫なのかな。
「重爺ちゃん、辰朗さんがお嬢の家で待ってるんですよね? 戻りませんか?」
「それが本当ならば、俺も行く」
 鵺が偉そうに言い放つ。
「じゃあおれもおじさん見に行くか。婆ちゃんの葬式以来かあ」
 透真君も鵺も泥だらけで、髪まで泥でパサパサのくせに何を偉そうに。うちのお母さんが多分家に入れてくれないと思う。朝から梶原先生が来るから片付けていたし。でも面倒だから敢えて言わないことにした。
「私ね、お爺ちゃん」
 鳩が重爺ちゃんをおんぶして雨が降る空を見上げた。私も光が感じられない空を何度も見上げて――呟く。
「神様じゃないから、雷様みたいに豪快に笑えないの思うの。雷様が大切だから言えなかった月日の立場でもない。だからきっと、この雨は雷様の涙で、ずっと雨男だって言われ続けて野球も我慢して捻くれた渡辺君の涙だと思う」
 だからきっと簡単には止まない。こんなに叫ぶ代わりに涙が零れているのに、私が何もできないのは悔しい。