「ばあちゃんが『禁断の恋』とか『家を捨てるつもりで嫁いだ』とか言ってたのはこれかあ。ふーん」
「記憶喪失というか、記憶を混濁しちゃったっというか。重ちゃんとお兄さんの記憶だけ忘れちゃったみたい」

 ピースとピースが、今、重なった。雨が一向に止まなくなった今、重お爺ちゃんを神社の屋根のある場所へ引っ張っていくのは大変だった。歩く力がないのか気力が無いのか、放心状態だった。
「儂は、芽衣子が事故に合うまでいつも思ってたことがある。この穂とは儂の何処が好きなのかと。家柄もない。学もない。貧乏で馬鹿で下品な儂に、芽衣子の様な上品で美しい人がどうしてと」
 石段に座ったお爺ちゃんに、鳩がどこからかタオルを持って来てくれた。それに包まってお爺ちゃんは下を向いて、か細い声で話出す。
「事故をして起きた彼女が、自分を守ろうと記憶に嘘を塗ったのを見て後悔した。自分がどんだけ芽衣子に不誠実で汚い人間だったのか。辰朗さんが立派すぎて周りから比べられるのが辛くて、自分の事ばかりだった」
 芽衣子さんは、重おじいちゃんと離れたくなくて嘘をついた。
 重お爺ちゃんを兄と慕えば、――兄妹としてずっとそばに居られると。
 辰朗さんを恋人と呼んだのは、そもそも兄なのだから離れられないと知っていてその位置に置いただけなのだろう。
「後悔した儂は、傷が癒えた彼女に毎日毎日プロポーズした。最初は、『兄妹でいけません。私には辰朗さんという恋人がいます』と芽衣子は聞く耳を持ってくれなかったけれど、毎日毎日。とうとう『兄と妹で結婚なんて――きっと皆祝福してくれない。禁断の恋だわ』と言いつつも答えてくれた。――彼女は死ぬまで儂を、本当の兄だと信じていた。辰朗さんもそれを気にして、自分は振られた男だと演出して芽衣子に会う頻度を下げて、福岡に引っ越してしまった」