「ええー」
 今日の朝も、お爺ちゃんのそんな話に付き合ったばかりなのに。お婆さんが亡くなって半年。お爺ちゃんはみるみる元気を無くして、いつもぼんやりと椅子に座って外を眺めてばかりだ。
 小さな頃は、よくなぞなぞとか問題を出してもらったりして、もっと覇気のある元気なお爺ちゃんだったのに。穏やかでにこにこ笑うお婆さんがなくなってから、良く分からない謎かけが増えてきた。私はその見えない答えのせいで一問も解けたこともないし、正解を教えてもらったこともない。答えなんてないかもしれないけど、花屋のおじいちゃんとお喋りできるだけでも嬉しい。
「雷神っすね。雷神」
「うわ、生きてた」
 写真屋のお店のらせん階段を上った二階から、鳩さんが手を振っている。断末魔どころかピンピンしてて、死んでない。
「お嬢さん、助けて下さいよ! 此処、めっちゃ香りがキツイし怖いッス」
「香りがキツイ?」
「なんか、焦げたフライパンみたいな、ドブ川の泥を鼻に塗られたみたいな。一瞬だったけど、すっげ鼻が曲がりました」
「曲がってないわよ。無駄に高いままよ」
 鼻を押さえている鳩さんを見上げながら溜息しか出てこない。
「雷神は豪快に笑ったそうだ」
「お爺ちゃん?」
「では、儂も一人でのんびり此処に座っていよう。夕立になるまで」
「?」
 今の鳩さんの言葉に、納得したのかな。おじいさんはそういうと、目を閉じてしまった。
昔の『パンはパンでも食べられないパンは』ってなぞなぞに、『フライパン』って答えたら『裁判』『パンダ』『ルパン』『ジャパン』でした~と力技でネジふせてきた強者だった。そんなおじいちゃんもこんなに穏やかになっちゃうとは。月日が経つのは早いものだ。「お嬢さん!」
「うっさいなあ」
 本当に鼻がもげたら助けてあげるわよ!
「居た。お前」