その日、昨日の天気を引きずるように今すぐ雨が落ちて来そうな曇り空の下。私はいつも通り。いや、もう日課になっている学校までの全力疾走に制を出していた。
 朝から重爺ちゃんはいなくて、久しぶりに謎かけをしないで始まる朝は、なんだか朝じゃない気がした。シャッターと下ろされたままの花屋を横目に、私のセーラー服の襟元にはひととせちゃんがしがみ付いている。
 昨日、何度か寝む前に意思の疎通を試みたが、私のように大雑把で集中力もなければ清い力がない人とは無理なのか、何も会話は出来なかった。ただ心を許してくれて一緒のベッドに眠った。今日は家庭訪問最終日。私の家はどうやら家庭訪問一番最後の時間だ。そんな事をお母さんに朝言われたけれど、こんなに全力で走っていたら耳からぽろぽろと零れ落ちてしまいそうだった。
 部屋さえ見られないならば、家庭訪問なんて好きにしてくれて構わないし。
「あー。今日の遅刻理由は何にしよう。隕石とか落下しないかな」
 階段を駆け上がりクラスの前に来た時、それはいきなり現れた。
「遅い」
 どーんと仁王立ちのその人は、間違えなく鵺だ。どう見ても、鵺だ。停学明けのくせにすっごく偉そうな、ふてぶてしい王子様オーラで私を見ている。
「私を待ってたということは少しは改心でもしたのかしら?」
 ふふんと睨みつけるが、鵺はその美しい顔を崩さない。無表情だと、作られた彫刻の様だ。
「比奈こそ、鞄には剣。首にはペットの狐。そんな姿でよくもまあ堂々と登校できるな」
「え、え――。あんた、ひととせちゃんまで見えてるの? 忌み量産人間のくせに」
「忌み? 意味が分からんが、ちょっとだけ比奈の力を借りたいのだ」
「私の力?」
「遅刻の言い訳にもなる」
 そう言われ簡単に身を許した私を、ひととせちゃんが呆れていたのは言うまでもない。ガラっと音を立て、教室のドアを開ける。するとヤクザ顔負けの大声で梶原先生が怒鳴りつけてきた。
「問題児が仲良く遅刻してんじゃ――」