私たちは見えない敵と戦っている

優しく頭を撫でられてしまえば、涙がこみ上げてくる。
「私は普通がいいのに、普通じゃない中で必死で隠そうとするのに、秘め百合が ないと生きていけない時点で普通じゃないのに、甘ったれてて」
空にぼんやりと月が浮かんできた。月が浮かぶのは、周りが暗くなるからで。本当は太陽が昇っている時も空には月が浮かんでいるのであって。誰も見えないのにそこにある。
「鳩は、ちょっと違う自分を上手く利用して今まで生きてきている。隠しても隠さなくても、鳩はあれが普通なんだ」
 きっと鳩も私に言えないだけで、何か抱えているのに、あんな風に前向きで。「鵺なんて、隠そうともしないでさらけ出して、周りの評価んん手要らないって顔してる」
 自分だけ、急に恥ずかしくなったんだ。姑息で見栄っ張りで臆病者の自分が、急に鵺に暴かれた気がして恥ずかしくなった。
「お爺ちゃん、どうしていいか分からない。私は、一体今まで何と戦っていたのか自分でも分からなくなっちゃった」
「爺ちゃんは、そうやって悩まなかったから、失敗した。越えなきゃいけない壁を梯子を使って登って楽してきたから今がある。比奈ちゃんが悩むのは大切なことじゃよ」
気 付けば羊羹をぺろりと一本食べきったお爺ちゃんが私を見て、微笑んでいた。
「でももう助けて欲しいと泣いている子に、嘘の笑顔を咲かせるのも辛い。後悔は、芽衣子だけで十分だ」
「お爺ちゃん」
「大丈夫。お爺ちゃんが、君たちの悩みを解決してくれそうな人を一人、知っている。きっとこれで解決するからね」
 お爺ちゃんはそう微笑むと、空を見上げた。
「今日は穏やかだったから、諌山写真館で騒ぐ三人の声が聞こえてきたけど、儂も明日は自分のことだけしかまた考えなくなるかもしれない」
「……それが普通なんだよね。私なんて自分のことばかり」
「普通なんて、誰を基準にしてるのか分からない言葉だよねえ」
 お爺ちゃんのその言葉にさらに涙がじわりと広がった。
「ごちそうさま&お邪魔しました」
 結局、私は重お爺ちゃんの家で羊羹を丸々一本食べた後、苦いお茶まで頂いた。食べ終わって一緒に外で一緒に月を見上げていたら、透真くんのお母さんが丁度やってきたので会釈してから離れた。手の中には、鍋いっぱいのおでん。お爺ちゃんが羊羹を二本食べたこと伝えとくべきか考えていたら、うちの駄菓子屋のほうから下駄の音と、シャランと鈴の音が聞こえてきた。
 小さく開いた駄菓子屋の戸の奥に、――小さなお客様が居たのが見えた。
「こんにちは、もしかして鍵閉めてなかったかな? 駄菓子を買いに来たのかな」
 戸を開けて、背を向けている小さな男の子に声をかける。私の腰ぐらいまでしかないけど、宮司さんみたいな着物を着ている。
「ああ、お姉さんを待ってたんです」
 小さな少年がふわりと笑いながら振り返った。歯と出なくても分かる、甘い香りを振りまきながら。
「うっわ。可愛い」
 大きなつぶらな瞳に、色素の薄いサラサラの髪に、白くて細い手足。白色の袴に、黒袍姿。神主さんの位は、袴の色で決まるらしいけど、子供だから関係ないのよね?
 だって白とか黒の服は、一番地位が高いって菖さんが言っていたはず。
「ありがとうございます。お姉さんもとっても可愛いです」
 子供なのに、スマートに女の子を褒めるあたり、なんだが将来が心配になってくる。
「ふふ。私こそありがとう。今日はどうしたのかな?」