「転校生がね、写真屋さんの孫らしいからプリント頼まれたの」
 万年炬燵の中に、足を入れてテーブルの上のおせんべいに手を伸ばす。
「えええ。あのおじいさん、お孫さんって。あ、結婚してた時期あったのかしら。へー」
 これには流石のお母さんも開いた口が塞がらず、必死で手で隠している。そうだよね。アイシャドーの濃いおじいちゃんで、まつ毛なんてぱっちぱちだもんね。「ってかあの人、プリント取りに戻ってこないんだけど」
 結局私は逃げられないようだ。おせんべいを食べてお茶飲んでから、渡しに行こう。そう思って嬉野のお茶っぱで自分用の急須にお湯を注ぐ。お母さんは、それを見て可愛く産んだのに年寄り臭いと憐れむが、これこそギャップ萌えするべきじゃないのか。「うわ。この煎餅、美味」
「そうなのよ。今日ね、お母さんの家の旧家の方に」
「ぎゃあああああ、お嬢さん、ヘルプミー!」
 せっかく煎餅話に花を咲かせていたのに、良いところで思いっきり邪魔が入った。「で、旧家の?」
「え、ああ。お雛さまを福岡の物産展で展示させてほしいって言う業者さんからの賄賂なの。断っても、これだけは受け取ってくださいって」
「ふうん」
 パリっと気持ちがよく割れて、何度も豪快な音を立てていると、外から鳩さんの断末魔が聞こえてきた。お母さんと顔を見合わせ、面倒くさいけど私が行くことになった。間にいる、花屋のお爺ちゃんは今日は出ているのだろうかと、鳩さんの心配なんて一ミリもせずに。豆田町商店街の、一番城跡から離れてひっそりと佇むその角に、写真館はある。
 うちは元々は甘味処だったけど、お父さんが継がなくて廃業して、ほとんど収入もないような駄菓子屋さんしてる。だから、何代も続いている商店街の中で、唯一写真館だけは仲間意識があったのに。あのおじいちゃん、孫が居たんだ。
「月日が経つのは早いものだ」
とぼとぼと歩いていたら、『フワラー梶原』のおじいちゃんが、シャッターの閉じた店の前に、丸椅子を出し座っている。寒いのか、頭に被った毛糸の帽子が、小人みたいで可愛い。
「月日が経つのは早いものだ? ことわざか何かですか?」
「雪が解ければ春になる。雪が解けても水じゃないんだ。じゃあ、旅立った月日に、置いて行かれた儂の名は?」