私たちは見えない敵と戦っている

「要するに、打ったらパアンって爆発しちゃうのね。じゃあ諌山のお爺ちゃんも撃っちゃったんだ?」
「塗料してないこっちのエアガンは、ぱっと見ただのエアガンに見えるっすから、確認のために引き金を引いたんじゃないっすかね。でも――」
 鳩はこの小さな空間を、きょろきょろよ熱心に見渡した。
「これだけ何度も分解してるってことは、もしかしたら本物も弄りたくて練習したのかもしれないし、本物を分解して構造を熟知したのかもしれない。――本物がないという保証は消えてたっす」
 「じゃあ探そう」
試しに、段ボールの中に入っていたビニールの中のエアガンを取り出して鳩に撃ってみたら、鳩は小さく痛いと押さえるだけ。ぶ厚いジャージの上から撃たれても痛くないらしい。皮膚に直接当てたら痛いと言ってくるけど。
「違う。玩具のようなちゃちなエアガンに火薬を積めれば手元が爆発するだけ。特に改造しなくても手元を攻撃するには丁度いい」
「げ、起きた」
 薄い茶色の瞳で瞬きせずに此方を睨みつけている鵺。暴れれば、テーブルの上の花瓶の一輪の薔薇が転げ落ちるだろうが、そんな様子はない。大人しく、テーブルの足にくくりつけられたまま、無意味に忌みを垂れ流している。
「手元を攻撃したかったの?」
「銃を撃ちたいと思うときとは、自分が優位に立ちたい時、邪魔な物を消したいとき。だが、その気持ちは俺の作る政治には向かない。そんな邪心があるやるこそ、自由な両手は要らないのだ」
「ああ、壊乱政治だっけ、攪乱政治だっけ」
「傀儡政治っす。全部外れましたっ」
鳩の尻に蹴りをお見舞いしつつ、鵺を見下ろす。
「あんたは暴力なしの政治と言うならば、透真くん達と喧嘩したのは矛盾しない?」
「圧倒的な力は俺しかいらないという意味だ」
 その言葉に、思わず私はしゃがんで、真正面から鵺の顔を睨んでいた。王子様のような、一瞬だけ息を飲んでしまった理想的な顔。どこか中世の王子様の様だ。思考も中世だから、中世に飛んで行ってしまえばいいのに。
 胸倉を掴み、おもいっきり頭突きをしてやると、鵺が小さく呻く。
「痛いなら、痛いと叫べ! 我慢してんじゃねーよ」
「あああ、お嬢。そんな頭を頭突きして悪化したら」
 あわわと鳩が慌てていたけれど、私の頭の中身の悪化を心配してるのか?
「お前が叫ばないせいで、こんな根暗なことしたせいで、諌山のお爺ちゃんの手が怪我したのなら許さないからな!」
「は? あのオカマ爺がなんだと言うのだ」
「仕事で使う大切な手を、怪我したって言ってるの! 無関係だとは言わないわよ!」
「無関係だ」
 再び同じ場所に頭突きをしたら、一瞬、白眼になった。
「あんた、一体、見えない何と戦っているつもりなの?」
 額から湯気をもくもくさせた鵺は、綺麗な瞳で真っすぐ私を見る。
「ゲームと同じで、目の前の敵を戦っていくと、ラスボスに近づくにつれ敵は強くなる。まどろっこしいから俺はラスボスを突き止めてただ倒すだけではない。この世界に君臨し、そんなクソみたいなラスボスを生み出さないように、力で圧迫してやりたいのだ」
「真っ直ぐな綺麗な瞳で、かなりのクズ発言っす」
「それで、人々が力に怯える姿を、美目麗しいお前が癒してやる。現代の卑弥呼だ。悪くないだろう」
 これだけ私に煙たがられても、美目麗しいと外見しか判断してこない鵺には清々しさを覚えるが、そんなつまらない非日常には興味が沸かない。
「まあいい。くだらない思想はへどが出るわ。私が聞きたいのは、四つ葉にてんとう虫のマークがついた運送会社について。何か知ってるなら全て話して」
 てんとう虫と四つ葉のマークと聞いて、鵺が目を見開く。
「あんたが見えない敵と戦っている間に、その運送会社がこの町にも来てるわよ、ってこと」
「本当なのか」
「うん。うちの100年以上歴史がある雛人形の輸送にね。あ、呉服屋さんとか他の人たちは本当の雛人形だから歴史も価値も倍以上あるよ」
「……あそこの会社は止めた方が良い。会社とその輸送会社が繋がっているなら、雛人形の移動は中止するべきだ」
「ふうん。なんで?」
「……敵が大きすぎて、権力とか人数とか、ちっぽけなお前では敵わないからだ」
 そう言いながら鵺は、手品のようにテーブルの足に拘束されていた手を解くと立ち上がる。
「だが俺は絶対に諦めない。権力には権力で戦ってやる」