私たちは見えない敵と戦っている

それなのに、現れた頭のおかしな転校生はピストルを持って、私をお姫様だと謳うし。鳩は自分の気持ちは見せてくれないけれど、私たちの心の隙間に上手に入ろうとしてくる。鳩が来てくれたおかげで動き出した重お爺ちゃんの過去とか、雨と子狐の保護とか。私を見て真っ黒な忌みを生み出す渡辺君とか、様々な問題は起き上がってきてしまったけれど、それはもう、きっと誰も悪くないと信じたい。三分一さんも無表情だけど、きっと悪い人ではない。といいな。
「諌山のおじいちゃーん」
 色んな事を頭の中でシャイクしながら、諌山写真館のインターフォンを鳴らす。数秒経っても物音さえしなかった。
 それでも不用心にも、二回の写真館の扉は開いていた。そこから数段下りて撮影するスタジオの向こう側にドアがあるのも知っている。そこから自宅へ降りれることも。伊達に勝手に親近感を持っていたご近所さんではない。
「香りがする」
「香り?」
「焦げくさい香り」
「……」
 それは、嘘の匂いなのか、ピストルから薫る火薬の匂いなのか、鳩にさえ分からない様子だった。
「おじいちゃんの帰りを中で待たせてもらおうか」
「そうっすね。でもなんか、――この香りは好きじゃないっす」
 落ちつかない不安そうな鳩の様子に、私もなんだか胸騒ぎを感じた。私はただ、今の生活は普通じゃなくて、普通の生活に憧れてたのに、更にその生活以上のぶっ飛んだ事が次々に起こっている気がして不安が拭いきれない。
「そう言えば、私、クラスの副委員長になったんだよ」
「え、保健委員とかじゃなくて?」
「なんで保健委員だと思ったのよ」
「自分で自分を運べるじゃないっすか。朝遅刻しても具合が悪かったから保健室行ってましたって言えば、免れるっす」
「計算高すぎ」
 私なんて純粋だから、自分で転がって保健室へ行くとか悪態吐いちゃったのに。
「そんな嘘をつかなくても、私が具合悪かったから遅れましたって言えば、皆信じちゃうよ」
「それはお嬢が可愛いっすからね」
 可愛い――。その言葉を聞くと皮肉で右端の唇だけ上がってしまう。否定は、さらに面倒になると分かっているからしない。
「それが、私にとって普通じゃなくても、周りの目には普通に見えるんだよ。病弱な私は周りから見れば普通」
普 通じゃないのにね。
「お嬢、さっきからちょっとなんか暗い感情に片足を突っ込んでる感じっすか?」
「え、まあ、そんな感じかな」
 決意と言うか、自分に言い聞かせていると言うか。
「俺も考えるっすけどね。手に掴みとりたい答えって、大体見えない真理に辿りついちゃうみたいな? まあ、悩めるのって、大人じゃない今の時間だけっすよね」
「そんな考え方をする鳩は子供には見えないわよ」
 なんかちょっと、私も鳩も普通からずれちゃってるから分からないけど。
「そうっすね、俺――」
何か鳩が言いかけた言葉にかぶせるように、一回から小さくパアンと音が鳴った。地響きのように、床に振動が来る。
「もしかして、ピストル打ってたりして」