「不可能だからお爺ちゃんもあんな風になっちゃうんだろうね」
様々な思惑や願いや魂胆や、しがらみや記憶や苦しみが、見えないけれど世界には渦巻いている。更にその中で、人には見えないモノと戦っている私たちを知らない人が見ても、どう判断していいのか困惑するだろう。それでも私は自分を守るために、戦っている。
「おばさん! おばあさん!」
鳩がおばあちゃんの家に駆け込んだ時には、三分一さんの姿はもうどこにもなかった。だけどテーブルの上には、パンフレットや契約書が置かれている。
「あら、二人してどうしたの?」
「三分一さんは?」
「とっくに帰りましたよ。次は呉服屋さんの所で同じ説明するんじゃないかしら」
おばあちゃんとお母さんは、また貰ったのであろう九州では福岡でしか売っていないラスクを紅茶と一緒に食べている。今日はせんべいではなくラスクだったとは。
「えっとね、やっぱりまだ契約は待った方がいいかもしれないよ」
「ええ?」
二人が同時に全く同じ声を出した。親子だ。
「まだ確定ではないんですが、過去に事故を起こして隠ぺいした運送業者が雛人形を運ぶみたいなんです」
頭をポリポリ掻きながら、申し訳なさそうに鳩は言う。
「一回、事故起こしただけだし、今はもしかして信用を回復しようと懸命にしてるかもしれないから一概には言えないっすけど、――あまりお勧めはできません」
二人は、鳩の言葉には耳を傾けるようで、愕然としていた。此処の所、毎日の様に来ては美味しいお土産を持参してくる営業さんだ。そんなに熱心に営業なんてする人はうちには今まで来なかったから、余計に。
「ど、どうしましょう。やはり貸し出しはお断りした方がいいのかしら」
「そうねえ。私たちは三分一さんを信用はしても、運送会社を信用して預けるわ けではないしねえ」
二人の心も揺れ出した。確定ではないけれど、鳩が此処まで調べているのだから、疑ってみるのも悪くないのかもしれない。
「鵺君が喧嘩した会社だから、鵺君に直接聞けたら一番分かるっすけど」
「そう言えば、諌山写真館の写真屋さん、朝足に怪我したとかで病院に行かれたわね」
「足?」
「そう。詳しいことは分からなかったけど、でも大型バイクを転がして病院へ行かれてたからそんなに酷い怪我ではないとは思うんだけど」
自分たちの雛人形の事で落ちつかないであろう二人はそれっきり、またパンフレットを読み返し、諌山写真館の話は終わった。
次々に色々気になることが浮かび上がっていく。最後に見た新聞の記事に、運送会社のマスコミへの報告が遅かった等の批判めいたことが書かれていたが、それっきりぷつりと記事は消えていた。その後を調べても、噂話が独り歩きしたような具体性に欠ける話しか出てこないらしい。やっぱり事情を知る鵺に聞くのが一番の近道なんだと思う。
「いいよ。雛人形を守るためならば、この比奈様が、あいつに近づいてやる」
息巻く私に、鳩はやる気のない拍手を浴びせると、頷いた。
「じゃあ、諌山写真館へ行こう」
最初はただ、隣のお爺ちゃんと謎かけをしながら遅刻を回避するために見えない敵と戦っていた。それでも平凡な日常を夢見て、忌みなんて見えない、忌みに触れても体調を壊さず、皆と同じ世界を見て生きていきたかった。
様々な思惑や願いや魂胆や、しがらみや記憶や苦しみが、見えないけれど世界には渦巻いている。更にその中で、人には見えないモノと戦っている私たちを知らない人が見ても、どう判断していいのか困惑するだろう。それでも私は自分を守るために、戦っている。
「おばさん! おばあさん!」
鳩がおばあちゃんの家に駆け込んだ時には、三分一さんの姿はもうどこにもなかった。だけどテーブルの上には、パンフレットや契約書が置かれている。
「あら、二人してどうしたの?」
「三分一さんは?」
「とっくに帰りましたよ。次は呉服屋さんの所で同じ説明するんじゃないかしら」
おばあちゃんとお母さんは、また貰ったのであろう九州では福岡でしか売っていないラスクを紅茶と一緒に食べている。今日はせんべいではなくラスクだったとは。
「えっとね、やっぱりまだ契約は待った方がいいかもしれないよ」
「ええ?」
二人が同時に全く同じ声を出した。親子だ。
「まだ確定ではないんですが、過去に事故を起こして隠ぺいした運送業者が雛人形を運ぶみたいなんです」
頭をポリポリ掻きながら、申し訳なさそうに鳩は言う。
「一回、事故起こしただけだし、今はもしかして信用を回復しようと懸命にしてるかもしれないから一概には言えないっすけど、――あまりお勧めはできません」
二人は、鳩の言葉には耳を傾けるようで、愕然としていた。此処の所、毎日の様に来ては美味しいお土産を持参してくる営業さんだ。そんなに熱心に営業なんてする人はうちには今まで来なかったから、余計に。
「ど、どうしましょう。やはり貸し出しはお断りした方がいいのかしら」
「そうねえ。私たちは三分一さんを信用はしても、運送会社を信用して預けるわ けではないしねえ」
二人の心も揺れ出した。確定ではないけれど、鳩が此処まで調べているのだから、疑ってみるのも悪くないのかもしれない。
「鵺君が喧嘩した会社だから、鵺君に直接聞けたら一番分かるっすけど」
「そう言えば、諌山写真館の写真屋さん、朝足に怪我したとかで病院に行かれたわね」
「足?」
「そう。詳しいことは分からなかったけど、でも大型バイクを転がして病院へ行かれてたからそんなに酷い怪我ではないとは思うんだけど」
自分たちの雛人形の事で落ちつかないであろう二人はそれっきり、またパンフレットを読み返し、諌山写真館の話は終わった。
次々に色々気になることが浮かび上がっていく。最後に見た新聞の記事に、運送会社のマスコミへの報告が遅かった等の批判めいたことが書かれていたが、それっきりぷつりと記事は消えていた。その後を調べても、噂話が独り歩きしたような具体性に欠ける話しか出てこないらしい。やっぱり事情を知る鵺に聞くのが一番の近道なんだと思う。
「いいよ。雛人形を守るためならば、この比奈様が、あいつに近づいてやる」
息巻く私に、鳩はやる気のない拍手を浴びせると、頷いた。
「じゃあ、諌山写真館へ行こう」
最初はただ、隣のお爺ちゃんと謎かけをしながら遅刻を回避するために見えない敵と戦っていた。それでも平凡な日常を夢見て、忌みなんて見えない、忌みに触れても体調を壊さず、皆と同じ世界を見て生きていきたかった。



