私たちは見えない敵と戦っている

「やめて。それ以上言ったら、中途半端に結んでる髪を切って侍ヘアにしてやるから」
 ぴしゃりと言い放つと、鳩は背筋を伸ばして一心不乱に新聞を見始めた。そんな調子の良いところはあんま好きじゃないというか、世渡り上手というか。こんな事務室の奥の書庫に通してもらえるはすないぐらい、格好は不審者なのになあ。「鳩って赤とか蛍光ピンクとかのジャージ以外持ってないの?」

「ギラギラ光るスーツか、テラテラ艶めくスーツならあるっすよ」
「……そう」
 残念な服装ばかりだけど、ホスト姿の鳩を見てみたい程度の好奇心は残っている。今みたいにきっと調子良くて人気なんてないんだろうな。
 新聞なんて似合わない外見だと考えながら新聞をめくっていると、バスが横転し黒い煙がもくもくと上がっている写真に目がいく。
「これ」
 トラックは壁際にぶつかったただけ、しっかりとマークが見れる。四つ葉の上に青虫が乗ったイラストだ。
「あった」
「うん。俺もあったっす。そっち見せて」
 鳩が同日の新聞記事の一面を並べて、目にあたるんじゃないかというスレスレまで近づけて読みだした。逆に目が悪くなりそうな感じ。
「うん。うんうん。全部覚えたッス」
「おー、流石鳩だねえ。で、どうだった?」
「この運送会社、日田にもあるみたいっすね。高校のすぐ近く」
 ……鳩の頭の中がどうなっているのか分からないけど、私には追い付くのは最早不可能なほど、どんどん吸収し、事件を繋げていく。
「なんでそんなに事件まで詳しく調べちゃうの?」
「え、」
 新聞を片付けていた鳩が急に手を止めた。
「鳩の為? うちのほわわんした親の為? 何か自分の為?」
「うーん。どうだろう。俺はただ真理を突き止めたいだけっす。それで、まあ、色々拗れて日田に来ちゃいましたが後悔はしてないっすよ」
 うんうんと一人で頷きながら、鳩の顔は幸せそうに見える。
「ここは、歴史の香りも、お嬢の周りの香りも全部、純粋で嘘が少なくて清々しいっす」
 清々しい。鳩のふっきれた顔も清々しいと私は感じた。
「すいません、新聞ありがとうございました」
「いいえ。またのご利用をお待ちしています」
 お姉さんにお礼を言って、私の方へ振り返る。一緒に帰ろうと隣に並ぶためらしい。
「嘘をつくと、俺の家っていっつも焦げくさくなったっす。で、本当の火事になった時に飛び出せないから、毎日嘘吐くのは止めようって親父に言ったのに、変わらなくて。で、捻くれた俺は親父に一番迷惑をかける職業につきたくてホストを始めた」
 雨がまだぽつぽつと降る空を見上げて、鳩は手に持っている傘を差さなかった。私も傘は差さず、忌みを切りながらその横を着いていく。
「でもお金を稼ぐって難しいんですね。俺の身体も親父みたいに焦げくさい匂いがこびりついてる。しかも、毎日、色んな綺麗な香水をつけた女性とお酒を飲んでたのに彼女たちに匂いを移して、俺って何やってるんすかね」
「……昔のホスト時代の話?」
「そうっす。黒歴史っす。だから、わざと明るく言わなきゃ、今すぐ地面に転がって悶えて頭打って死にたくなるっす」
「ふうん」
夜中に自分の過去の失敗を思い出して枕を叩く、あの感じだろうか。ホストだったことは隠さないのに、思い出したら死ぬなんて忙しい人だ。「重お爺ちゃんも、そんな香りがしますよ。思い出しては、心の中がいつも大雨大嵐。誰か一人でも、抱えている秘密を伝えられたら、きっと楽になれるのに」
 抱えている秘密を、誰か一人にでも伝えられたら。後ろの鞄に刺さった秘め百合の重さを感じつつ、それは私も思う。でもきっと見えないものを説明するのって、相手も負担が大きいんだよね。
 透真くんも、愛海も、大切な友達や幼馴染だから、この苦労を電線させたくない。大切だと思えば思うほど、言えないし。信用できない人に言って、笑われたり噂を流されてもたまったもんじゃない。