「平安時代の貴族は化粧が壊れるから表情を顔に出さないんでしょ」
「私が表情を変えないのは化粧が壊れるからではないです。それにこんなに今、お雛様を見て感動しているのに」
その感動している姿が全く見えないです。「比奈、貴方の言葉は失礼よ。ちゃんと言葉を選びなさい」
「うちの孫が大変失礼を」
先祖さまの血を受け継ぐことはある。二人して、店にやってきた営業マンにこの対応なんだから。
「……これなら鳩と店番の方が楽しかった」
鳩だけ先に駄菓子の店番に帰ったのはずるい。私も帰りたい。三分一さんというのっぺり顔の営業マンは、メモを取りながら必死でお母さんやお婆ちゃんの話についてきている。無表情だが熱意はあるらしい。
「じゃあこのキツネのお雛様はお貸ししていただけるのですね」
「比奈が良いと言うならば」
「いいんじゃないの。ちゃんとフェアの日取りとか期間とかお母さんたちが納得なら」
日田の名物と言えば下駄とお雛様と焼きそばぐらいだもんね。地元人だけど鮎とかは観光向けで食べたことないし。
「ありがとうございます。もし断られたら、梶原名誉会長の名前をお借りし様と思っておりました」
「梶原名誉会長さんねえ」
梶原って事は日田の人だろうけど、そんな大物を連れてこられても私には分からない。
「まあ大切にしてね。うちの守り神みたいなお雛様だし」
「勿論でございます。お借りする他の方々には説明したのですが、今日は運ぶ時の梱包や保険について、こちらの資料を見てもらいながら説明しようと思いまして――」
そう言うと、三分一さんはパンフレットを鞄から取り出す。これは資料館で立ち話するような簡単な話ではない。
「ちょっと待ってて下さいね」
鼠のお雛様を持って中へ入ると、急いでテーブルを片付けだした二人。残された私が、こののっぺり顔の三分一さんの相手をしないといけないのか。
「あ、おせんべいの賄賂美味しかったです」
「それは良かったです。うちのデパ地下で一番人気のおせんべいやスイーツを持ってきたのですが嬉しい限りです」
じゃあ表情も嬉しそうにしなさいよと思いつつ、じろじろと見てしまう。そうだ。
「三分一さんって福岡ですよね」
「もちろん。生まれも育ちも福岡の純潔です」
「じゃあ、去年ぐらいにバスの事故って福岡であった?」
鵺がここにやってくる発端の事件だ。諌山のお爺ちゃんが言っていたけど、去年は私、そんなニュースを見た記憶がない。ドラマとか映画とかなら記憶があるんだけど。
「ああ、ボランティア活動の高校生を乗せた大型バスとトラックの接触事故ですね。あれは本当に悲惨でした」
「悲惨?」
「いや、杜撰。大型バスの会社とトラック会社の対応の悪さばかりがニュースで取り上げられて、怪我した高校生もいっぱい居たのに、酷い話です。どちらも自分たちの会社の保守に努め、高校生への配慮が欠けた対応ばかりで、――いつの間にかニュースから消えたのですが」
「三分一さん、珈琲と紅茶と抹茶、どちらがいいですか」
「お気遣いなく、私など――。でも抹茶というのは」
話の途中だったけれど、三分一さんはお茶の銘柄にちょっと興味があるのか奥へ声をかける。その声が弾んでいるように思えたのは、表情が無いせいだ。表情が無い分、声に表現力があるような気がする。
「私が表情を変えないのは化粧が壊れるからではないです。それにこんなに今、お雛様を見て感動しているのに」
その感動している姿が全く見えないです。「比奈、貴方の言葉は失礼よ。ちゃんと言葉を選びなさい」
「うちの孫が大変失礼を」
先祖さまの血を受け継ぐことはある。二人して、店にやってきた営業マンにこの対応なんだから。
「……これなら鳩と店番の方が楽しかった」
鳩だけ先に駄菓子の店番に帰ったのはずるい。私も帰りたい。三分一さんというのっぺり顔の営業マンは、メモを取りながら必死でお母さんやお婆ちゃんの話についてきている。無表情だが熱意はあるらしい。
「じゃあこのキツネのお雛様はお貸ししていただけるのですね」
「比奈が良いと言うならば」
「いいんじゃないの。ちゃんとフェアの日取りとか期間とかお母さんたちが納得なら」
日田の名物と言えば下駄とお雛様と焼きそばぐらいだもんね。地元人だけど鮎とかは観光向けで食べたことないし。
「ありがとうございます。もし断られたら、梶原名誉会長の名前をお借りし様と思っておりました」
「梶原名誉会長さんねえ」
梶原って事は日田の人だろうけど、そんな大物を連れてこられても私には分からない。
「まあ大切にしてね。うちの守り神みたいなお雛様だし」
「勿論でございます。お借りする他の方々には説明したのですが、今日は運ぶ時の梱包や保険について、こちらの資料を見てもらいながら説明しようと思いまして――」
そう言うと、三分一さんはパンフレットを鞄から取り出す。これは資料館で立ち話するような簡単な話ではない。
「ちょっと待ってて下さいね」
鼠のお雛様を持って中へ入ると、急いでテーブルを片付けだした二人。残された私が、こののっぺり顔の三分一さんの相手をしないといけないのか。
「あ、おせんべいの賄賂美味しかったです」
「それは良かったです。うちのデパ地下で一番人気のおせんべいやスイーツを持ってきたのですが嬉しい限りです」
じゃあ表情も嬉しそうにしなさいよと思いつつ、じろじろと見てしまう。そうだ。
「三分一さんって福岡ですよね」
「もちろん。生まれも育ちも福岡の純潔です」
「じゃあ、去年ぐらいにバスの事故って福岡であった?」
鵺がここにやってくる発端の事件だ。諌山のお爺ちゃんが言っていたけど、去年は私、そんなニュースを見た記憶がない。ドラマとか映画とかなら記憶があるんだけど。
「ああ、ボランティア活動の高校生を乗せた大型バスとトラックの接触事故ですね。あれは本当に悲惨でした」
「悲惨?」
「いや、杜撰。大型バスの会社とトラック会社の対応の悪さばかりがニュースで取り上げられて、怪我した高校生もいっぱい居たのに、酷い話です。どちらも自分たちの会社の保守に努め、高校生への配慮が欠けた対応ばかりで、――いつの間にかニュースから消えたのですが」
「三分一さん、珈琲と紅茶と抹茶、どちらがいいですか」
「お気遣いなく、私など――。でも抹茶というのは」
話の途中だったけれど、三分一さんはお茶の銘柄にちょっと興味があるのか奥へ声をかける。その声が弾んでいるように思えたのは、表情が無いせいだ。表情が無い分、声に表現力があるような気がする。



