「いえ。その家、その家、独特な歴史を刻んだ良い香りがします。素敵な町っすね」
「あら、鳩君。比奈のお迎えありがとね。奥へ来て。ちらし寿司できてるわよ」
奥から和服にエプロンという不思議な姿で現れた母が、鳩に手招きする。親子二人、すっかり鳩が気に入ったようで、せわしなく面倒を見ている。鮭といくらが惜しげもなく散らばったちらし寿司にはまぐりのお吸い物なんて並べられたらまるで雛祭りみたいだ。
それでも漆塗りの大きなお椀を鳩は持って、豪快に食べては美味しい美味しいを連呼していた。
「で、珍しいお雛様ってどれ?」
「狐の嫁入り雛人形よ」
「狐の?」
奥から大きなお盆に乗せてきたのは三段ある狐のお雛さま。ちゃんと三人官女と嫁入り道具が飾られている。「何でこんなのがうちにあるの?」
「へえ、ちょっと不思議な雰囲気っすね。でも良い香り」
結局は鳩は香りしか見ていない。が、それにしてもうちのお婆ちゃんものんびりとした言い方で首を傾げながら言う。
「昔ね、狐の嫁入りの時にお酒が足りなくなった狐たちが、うちの酒造に人間の姿で買いに来て、うちのご先祖様が結婚式のめでたいお酒ならばと無料で差し出したとか。尻尾で人間じゃないと分かってて粋な計らいよねえ」
「ふうん。それで?」
「狐と仲良しになったご先祖様が人形師に作ってもらったんだって」
「それだけ?」
後半が自棄に適当な気がしたけど、うちの先祖様、大丈夫だろうか。逸話はちゃんと最後まで作りこんでから語り継がれてほしいものだ。
「なんか、うちの吉良家に災厄が降りかかる度に狐のお人形が一体割れちゃうらしくて、身代りになってくれてるみたいよー。だからもう三人官女とお雛様たちしかいないって」
「そうそう。狐との交流も酒造やめてからぱったりみたいで、この子たちもそろそろ日の目を浴びても良いんじゃないかしら」
お かしな話で、お母さんもお婆ちゃんも、お雛祭りで観光客に展示するお雛様とは別に自分たちの雛人形を買ってもらっている。私のも、ある。 展示用の雛人形は飾り雛って言うらしい。
自分たちの雛人形は四日に片付けるが、飾り雛は三月いっぱい展示用に仕舞えないから お嫁に行き遅れるのを危惧したらしい。なので雛人形に対しては、結構色んなこだわりとかある中で、この狐の雛人形が16年間私の耳に一度も入ってこなかったのは妙な気がする。
「隠してるのはそれだけ?」
二人が、同じ驚いた顔で私を見た。どうやら隠していることはまだまだあるらしい。嘘がつけない顔って損なのか得なのか。
「この白檀の香りってその狐たちからッスか」
ちらし寿司をとうとう本体の寿司桶から直で食べ出した鳩が狐のお雛様を見る。
「そう言えば、お線香臭いかも」
「あら、鳩君。比奈のお迎えありがとね。奥へ来て。ちらし寿司できてるわよ」
奥から和服にエプロンという不思議な姿で現れた母が、鳩に手招きする。親子二人、すっかり鳩が気に入ったようで、せわしなく面倒を見ている。鮭といくらが惜しげもなく散らばったちらし寿司にはまぐりのお吸い物なんて並べられたらまるで雛祭りみたいだ。
それでも漆塗りの大きなお椀を鳩は持って、豪快に食べては美味しい美味しいを連呼していた。
「で、珍しいお雛様ってどれ?」
「狐の嫁入り雛人形よ」
「狐の?」
奥から大きなお盆に乗せてきたのは三段ある狐のお雛さま。ちゃんと三人官女と嫁入り道具が飾られている。「何でこんなのがうちにあるの?」
「へえ、ちょっと不思議な雰囲気っすね。でも良い香り」
結局は鳩は香りしか見ていない。が、それにしてもうちのお婆ちゃんものんびりとした言い方で首を傾げながら言う。
「昔ね、狐の嫁入りの時にお酒が足りなくなった狐たちが、うちの酒造に人間の姿で買いに来て、うちのご先祖様が結婚式のめでたいお酒ならばと無料で差し出したとか。尻尾で人間じゃないと分かってて粋な計らいよねえ」
「ふうん。それで?」
「狐と仲良しになったご先祖様が人形師に作ってもらったんだって」
「それだけ?」
後半が自棄に適当な気がしたけど、うちの先祖様、大丈夫だろうか。逸話はちゃんと最後まで作りこんでから語り継がれてほしいものだ。
「なんか、うちの吉良家に災厄が降りかかる度に狐のお人形が一体割れちゃうらしくて、身代りになってくれてるみたいよー。だからもう三人官女とお雛様たちしかいないって」
「そうそう。狐との交流も酒造やめてからぱったりみたいで、この子たちもそろそろ日の目を浴びても良いんじゃないかしら」
お かしな話で、お母さんもお婆ちゃんも、お雛祭りで観光客に展示するお雛様とは別に自分たちの雛人形を買ってもらっている。私のも、ある。 展示用の雛人形は飾り雛って言うらしい。
自分たちの雛人形は四日に片付けるが、飾り雛は三月いっぱい展示用に仕舞えないから お嫁に行き遅れるのを危惧したらしい。なので雛人形に対しては、結構色んなこだわりとかある中で、この狐の雛人形が16年間私の耳に一度も入ってこなかったのは妙な気がする。
「隠してるのはそれだけ?」
二人が、同じ驚いた顔で私を見た。どうやら隠していることはまだまだあるらしい。嘘がつけない顔って損なのか得なのか。
「この白檀の香りってその狐たちからッスか」
ちらし寿司をとうとう本体の寿司桶から直で食べ出した鳩が狐のお雛様を見る。
「そう言えば、お線香臭いかも」



