私たちは見えない敵と戦っている

「まじっすか。でもそうっすよね。お嬢の駄菓子屋には子供しか買いに来ないのに、売上増やすために値上げしたりいっぱい買わせたりは不可能ですよね」
「うわ。鳩ってそんな腹黒いの!? 子供相手にまで金をむしり取るなんて本当に元ホストっぽい」
「ぎゃっ 今の駄目っす。傷つく感じです。俺のガラスのハートが今、パリンって」
 胸を押さえてうるうる涙をためているが、駄菓子屋の修行じゃなくて駄菓子屋の経営について吸収しようとしてる。
「子供のさ、表情とか見てみればわかるんじゃない? まだまだ修行らいし修行もしてないからそんな考えなんだろうね」
 ってか駄菓子屋の修行って本当になんなんだろう。うちのお父さんがどういった経緯で鳩をうちに住みこませてるのかそう言えばちゃんと聞いてなかった。 
 でも、今私はちょっとキツイ発言を鳩にしたかもしれないのに、鳩からは黒い靄は出てこなかった。鳩はまだどんな人物なのか輪郭がはっきりしていないほわほわした存在だけど、根本というか根元というか、――元は悪い奴じゃないんだろうな。と思う。
「そうっすね。売り上げとか原価とか考えてたら何のためにこんな長閑な場所へ修行に来たのか分からないっすね。目的を失ったら駄目っす」
「そうそう。心して勉学に勉めるがよい」
 偉そうに言ったが私の成績は学年でも後ろから数えた方が速かったりするのは内緒にしておく。バス停は、お婆ちゃんの家の斜め前にある。元酒造だったおばあちゃんの家は、観光する街並み側は酒造のままで、奥にリフォームした家がある。大本の旧家の分家のようなもので小さな酒造だったらしい。お爺ちゃんが亡くなったと同時に廃業して、今は酒造だった時の資料を展示しているぐらい。
「あらあらあら、バスで来たの? 体調大丈夫? 忌みには触れなかった?」
 バスから降りた私と鳩を見て第一声に、お婆ちゃんが駆け寄りながら大声で言う。やめてくれ。その話を知ってたり見えてたり感じるのは、お婆ちゃんとお母さんと巫女さんたちぐらいなんだから。
「すいません。お嬢がバスに乗るの苦手だって知らずに乗せてしまいました」
 お婆ちゃんは、臙脂色の上品な着物姿で背筋を伸ばし、鳩を上から下まで値踏みするように鋭い目で見た。
「貴方が鳩さんね。いいのよ。比奈が自分の意思で降りずに来たのなら比奈の責任ですから」
上品に笑うおばあちゃんに鳩も胸を撫で下ろしていた。「良い香りがします」
「良い香り?」
「そうっす。お香みたいな、白檀かな」
「お線香の匂いなら奥に仏壇があるからじゃない? お腹すいたー」
 私が呑気にそう言いながら奥へ向かうが、お婆ちゃんは鳩を見て目を細めた。「うちの家だけ?」