「あんな風に真っ直ぐな子が、ある日パキっと折れて、香らなくなる時が一番怖いっす。や、違う。パキって折れたその部分から一番濃く香るソレが、俺はきっと怖いッス」
「む、難しい」
「ん。難しくていいっすよ。だって目に見えないソレが俺にもきっと怖いから此処まで逃げて来ちゃったんだし」
 鳩は穏やかに笑った。たかが二歳ぐらいしか離れてないはずが、なんでこいつはこんなに私より落ちついているのだろう。私より、いっぱい色んな経験をしてきたんだと思う。鳩からは、渡辺君や鵺みたいな黒い靄は生まれてこないんだろうなって思う。靄が生まれてきてほしくもない。それに、そんな感情が浮き出てくるほど、鳩は人に情を向けない気がした。
「あのね、私、バスがあまり好きではないの」
 乗り込んだバスは、前のバスにいっぱい人が載ったせいか、すかすかで私とはとと後ろにスーパーの袋を持った奥様方だけだった。
「そうなんすか。じゃあ、次で降りましょう」
 鳩がボタンを押そうとしたから、その手を掴んだ。
「いい。ただし、蠅とか蚊とか居たら、手をぶんぶん振り回しちゃうけど、気にしないで?」 
 それは嘘だ。鳩には見えない忌みの上をバスで通過する際、自分に当たらないように斬っていくからだ。その動作を一人でしていてはおかしいから、バスは基本的に乗れない。
「いいっすよ。その時は、俺もブンブン手を振り回しちゃいますからね」
 ガッツポーズで鳩は言うが、バスの揺れでつんのめった。一番大事なところでも決まらないのが鳩らしい。でもそれが鳩であってほしい。
「お嬢、俺も前から気になってたんすが」
 通路を挟んで座った私に、鳩が神妙な顔で聞く。仕方がない。私も聞いてしまったんだから鳩も聞いても仕方ないんだ。覚悟を決めて私も小さく頷いた。
「駄菓子の原価って計算したらすっごい安いっすよね」
「は? 原価?」
「100円のお菓子の原価が、俺の計算では8円ッス。10円のお菓子の原価もググったらっすね」
 え、自分の香りの話したら次は私じゃなくて原価?
 何で駄菓子の話になるの?
「私は別に原価なんて考えないし」
「え、じゃあどうやって生計を立てるんッスか。駄菓子は賞味期限も長いし廃棄が少ないし原価が高いから月に売り上げ50万ぐらい言ってるんじゃ」
「んなわけない」
 前方に黒い霧が見えたので手をさり気無く動かしながら斬る。が、うちは駄菓子で生計は立ててない。「
よくて月5万ぐらいじゃない? うちはお父さんがビール工場で働いてるから、駄菓子は副業と言うか惰性というか。え、鳩は駄菓子屋だけで将来食べていこうとしてるの?」
 そんな未来まで考えているのか。原価10円の駄菓子で。
「チェーン店にしたり、駄菓子以外も売れば問題ないッスよね」
 どうやら本気の様だ。ショッピングモールとかでたまに見るなんちゃって駄菓子屋みたいなお店のことなんだろうなあ。
 でも鳩ならなんか数年後には全国チェーンで企業してそうでなんか嫌だ。駄菓子屋ってなんか時代が止まった感じのあったかさが良いと思うんだよね。うちは豆田町の情景にあってるしほとんど観光する人用の飾りみたいなお店だ。豆田町みたいな昔の城下みたいな街並みに、ゲームセンターを作るのとは違う」