透真君に言われて二人で飛び出すと、丁度バスが来ていた。そこに自動販売機みたいなゴールデンレトリバーの渡辺君が乗りこむと、バスはすし詰め状態で、私たちは入れそうになかった。渡辺君、バス通学なんだね。
「あれは乗りたくない」
「お嬢に同じく」
 バスを一個乗り過ごそうとのんびりと向かうと、満員のバスから渡辺君がこっちに気付いて、私と鳩を交互に見ていた。蛍光ピンクのジャージを着た鳩はさぞかし病弱美少女の隣に合わなかったんだろう。目を見開いている。
 あの渡辺君と同じバスに乗らなくて本当に良かった。黒い霧がまたもくもくと浮かびあがってきている。やっぱり私を見てあの霧を浮かばせているような。
「お嬢、あの大きな高校生、知り合いっすか」
「バスの中の自動販売機みたいなゴールデンレトリバー? 同じクラスだよ。犬っぽい?」
 バス停に到着し、渡辺君の乗ったバスを目で追いながらそう言うと、鳩は首を振る。冗談だから笑ってほしかった。
「いや、油揚げっす。めっちゃ油揚げの匂いぷんぷんする。多分、あの男の子からかなあ」
「へえ……。明日食べたか聞いてみるよ」

 鳩の言葉に何故か胸がざわつく。子狐と同じ匂いをさせる渡辺君、か。
「鳩ってさ、その、香りとかに敏感なんだ?」
 聞いたらいけない話題の気がして今までのらりくらりしてきたが、渡辺くんのせいで胸騒ぎがして尋ねた。
「んっとね、何処まで言っていいのか。これ以上、お嬢に距離置かれるのも嫌だから、自分から言わないっすけど」
「うんうん」
「香りに、人の真理って隠されてる気がするんっすよね」
 顎に手を置き、あるで名探偵の様に偉そうにそういうと、にかっと笑った。真理?
「俺ね、つい最近まで、本当にここに来る数日前まで、この鼻のおかげで人生がチートって言うんすかね。イージーモード過ぎて退屈で、どこかの王様になった気がしてたッス」
 遠い目でしみじみと語り出すが、それは鼻がいいのかという質問の答えなのだろうか。鳩という人物の輪郭を教えてくれても答えじゃない。
「でも、香りって真実を隠しちゃうんです。結局、目に見えないモノと戦わなくちゃ見たい真理は見えてこないッス」
「ふうん。私自身は何か香る?」
触 れて欲しくないのか曖昧でスケールの大きな話にすり替わったのは、退屈だった。丁度遠くにバスが見えて、コンビニに居た愛海も鳩に気付く。
「お嬢は、きっらきら、シャラランした神々しい香りに隠されてるけど、雨が降った次の日のアスファルトみたいな、ちょっとだけ寂しくなる香りがたまにするッス」
「アスファルト? ってかそれって寂しい?」
 全く自分とはかけ離れているように思えたけれど、鳩は苦笑いを浮かべている。
「で、甘いお菓子の匂いみたいな、前向きな感じもする」
「どっちだよ」
 結局、鳩にも私のことは香りだけでは分からないんじゃないのかしら。
「あーゆう、真っ直ぐな匂いも嫌いじゃないッス。一直線な性格の人が隠しもせずに一直線な香りを放つのも」
 鳩は愛海に優しく手を振る。愛海は立ち止り、キャーッと悲鳴を上げて興奮し、その場でジャン武士ながら悶えているけど、それが鳩の思惑だろう。愛海が悶えている間に、到着したバスに乗り込んだ。手を振ったんじゃなくて、バイバイって距離を置いたんだよ、鳩は。