「え、私?」
「うん。副委員、名前だけ置いておきなよ」
「じゃあお願い」
女の子扱いしてくれる河津君よりは、こっちの渡辺君の方が変に緊張しなくてもいいかも。そう思って私の名前を書いてもらったら全部ひらがなだった。どうやら名前は知っていたけど漢字は知らなかったようだ。
「よろしくね、吉良さん」
一歩近づかれた瞬間、両手足にぼぼぼっと鳥肌が立つ。犬の様に人懐っこい良い男の子なんだけど、――周りに漂わせている靄が。さっきまでは気付かなかった。気付かなかったってことは、もしや、――鵺と一緒で今生まれてきた靄なのかもしれない。困った。この人も靄を吐き出す人ならば一緒の委員は止めた方が良かった。
「委員なら雨男も関係ないもんな」
「健也」
「そうよねえ。力弥はもう外の部活は諦めたの?」
「やめなよ、二人とも」
さっきまで散々私をからかっていた愛海が、二人を窘めた。でも、渡辺君はへらへらと笑うのみ。
「雨男だから部活はもういいんだー」
笑って自分の机へ戻る彼の背中から、もやもやと黒い靄が更に放出された。忌みとは、人が吐き出す閉じ込めた悪意なのだろうか。でも、――でも他の人からは放出されるのを見たことがないんだけど。
「あんたらいい加減にしなよ。ガキか」
「愛海は他人事だから言えるのよ」
「他人事じゃねえぞ。このクラスで行事がある度にあいつのせいで雨だ」
「いやよねえ」
「ええー、嘘。雨男とか信じてるの? なんか二人ともだっさーい」
大声で私が大げさに言うと、クラスの皆の視線がこっちに向くのが分かる。ああ。美少女って辛い。普通の日常を送りたいだけなのに。
「でも、だったら私は、晴れ女だから、中和されて曇りにでもなるんじゃない?」
「比奈って頭の中も晴れだよねえ」
愛海のその発言は私への悪口でしかない。
「だ、ださくねーよ。本当だし」
「ねー」
「じゃあ、渡辺君は雨を降らせる魔法使いなのね、格好いいー」
振り返って、渡辺君と言う頼りない男の子を見る。慣れれば自動販売機ではなく、ゴールデンレトリバーぐらいの忠犬にも見えなくない。
「迷信なんて私は信じないからよろしくね」
「え、あ、うん。うん」
ぱあっと空気が明るくなった瞬間、黒い靄が消えていった。なんと単純なものなのだろう。というか、もしや忌みになる前の霧だったのかもしれない。結局私が副委員長になったけれど、私が庇ったせいか、黒板の板書も係決めの決定メモも日誌も、全部やってくれた。
見た目はおっとりした感じのゴールデンレトリバーだけど、頭の回転も悪くない上に、意外と友人も多い感じの人だった。一年の時は5組だったらしい。一組の私が全く知らないのは無理もないか。
「あのね、あいつずっと野球してたんだよ」
「へー」
「うん。副委員、名前だけ置いておきなよ」
「じゃあお願い」
女の子扱いしてくれる河津君よりは、こっちの渡辺君の方が変に緊張しなくてもいいかも。そう思って私の名前を書いてもらったら全部ひらがなだった。どうやら名前は知っていたけど漢字は知らなかったようだ。
「よろしくね、吉良さん」
一歩近づかれた瞬間、両手足にぼぼぼっと鳥肌が立つ。犬の様に人懐っこい良い男の子なんだけど、――周りに漂わせている靄が。さっきまでは気付かなかった。気付かなかったってことは、もしや、――鵺と一緒で今生まれてきた靄なのかもしれない。困った。この人も靄を吐き出す人ならば一緒の委員は止めた方が良かった。
「委員なら雨男も関係ないもんな」
「健也」
「そうよねえ。力弥はもう外の部活は諦めたの?」
「やめなよ、二人とも」
さっきまで散々私をからかっていた愛海が、二人を窘めた。でも、渡辺君はへらへらと笑うのみ。
「雨男だから部活はもういいんだー」
笑って自分の机へ戻る彼の背中から、もやもやと黒い靄が更に放出された。忌みとは、人が吐き出す閉じ込めた悪意なのだろうか。でも、――でも他の人からは放出されるのを見たことがないんだけど。
「あんたらいい加減にしなよ。ガキか」
「愛海は他人事だから言えるのよ」
「他人事じゃねえぞ。このクラスで行事がある度にあいつのせいで雨だ」
「いやよねえ」
「ええー、嘘。雨男とか信じてるの? なんか二人ともだっさーい」
大声で私が大げさに言うと、クラスの皆の視線がこっちに向くのが分かる。ああ。美少女って辛い。普通の日常を送りたいだけなのに。
「でも、だったら私は、晴れ女だから、中和されて曇りにでもなるんじゃない?」
「比奈って頭の中も晴れだよねえ」
愛海のその発言は私への悪口でしかない。
「だ、ださくねーよ。本当だし」
「ねー」
「じゃあ、渡辺君は雨を降らせる魔法使いなのね、格好いいー」
振り返って、渡辺君と言う頼りない男の子を見る。慣れれば自動販売機ではなく、ゴールデンレトリバーぐらいの忠犬にも見えなくない。
「迷信なんて私は信じないからよろしくね」
「え、あ、うん。うん」
ぱあっと空気が明るくなった瞬間、黒い靄が消えていった。なんと単純なものなのだろう。というか、もしや忌みになる前の霧だったのかもしれない。結局私が副委員長になったけれど、私が庇ったせいか、黒板の板書も係決めの決定メモも日誌も、全部やってくれた。
見た目はおっとりした感じのゴールデンレトリバーだけど、頭の回転も悪くない上に、意外と友人も多い感じの人だった。一年の時は5組だったらしい。一組の私が全く知らないのは無理もないか。
「あのね、あいつずっと野球してたんだよ」
「へー」



