「比奈、帰ったのー?」
 のんびりした母の声と、見知らぬ靴を玄関で見つけたのは同時だった。
「帰ったよ。あ、サボったんじゃなくて、今日は授業が午前中まででさ」
「香りがする……」
 居間へ入った瞬間、鼻をスンスンする音と共に、誰かに思いっきり自分の匂いを嗅がれた。
「すっげ。なんか不思議な香りがする。わ、ちっちゃくて可愛い。わー目が大きいし、髪も艶々だし」
「……この人、誰」
 熱々のお茶を嬉しそうに飲みながら、泥棒が持ってそうな唐草模様の大きな風呂敷の隣に、年齢不詳のチャラそうな男の人が座っている。金髪の髪を無造作に後ろへ結び、首にはタオルを巻き、上はジャージなのにズボンはジーンズ。ピアスは一杯ついているし、一見、鼻筋も良く背も高そうでイケメンなのだが、笑顔が嘘くさい。
「この人、うちの家に駄菓子の修行に来た鳩(はと)君よ。東京の歌舞伎町でホストしてたんですって」
「ほっ!?」
「あはは、一年もしないで止めちゃったッスよう。あ、よろしゃーす」
「この子は一人娘の比奈。高校二年生なので貴方より二個年下なの」
「え。マジっすか。ってことはお嬢さんですか。うっわ。美少女だし、小さいし高校生に見えないし」
 軽い。言動とか行動とか、見ていて苛々するぐらい軽いんですけど。
「お嬢さん、よろしくお願いします! 明日から、俺を馬のように扱いください」
「嫌です」
馬の方がまだ可愛い。
「なんなの? 駄菓子屋に修行って、駄菓子屋に何を修行するの? 和菓子と間違えたんじゃない?」
「うっわ。美少女なのにきっついッスね、やばい、ギャップ萌えってやつですね。カッコいいッス。お嬢さん」
 この人に萌えられたくない。お嬢さんって呼び方も止めてほしい。「あのさ、お母さん、本気でこの人を修行させるの?」
「大丈夫っすよ。寝泊まりはここでいいんで」
「住み込みするの? こんな病弱な美少女と見知らぬチャラ男なんて危険でしかないじゃん!」
「大丈夫っすよ。修行の身で、お嬢さんに手をだすつもりないッスよ」
 全く興味ないって顔されるのも何か腹が立つ。このヘラヘラした感じが、妙に鼻につく人だ。
「比奈、お父さんはお店に寝泊まりさせてあげなさいって、OKしたのよう。おばあちゃんとおじいちゃんが男手嬉しいって言うし」
「四面楚歌ッスね」
「くっそ。馬鹿っぽい顔で四字熟語言いやがって」
「売り物や在庫については、比奈に聞いてね。私は実家の片付けに家を空けることが多くって」
 つまり、ほぼこいつと二人っきりになってしまうということだ。私が帰るまでこいつが店の売り上げとか管理するとか、知らない人に無防備すぎる。それに人が居ないなら、学ぶこともなく修行にならないじゃん。
「私が嫌と言えば嫌なの」