慌てて飛んできた鳩が、高所恐怖症というのに脚立で写真を取ってくれた。高所恐怖症でもない後の二人は、涙目の鳩が震えながら下りてくるのを見ているだけだった。名前負けしているが、鳩は優しいやつだ。何十年も壁に飾られ埃まみれだった額縁を諌山のお爺ちゃんが拭いてくれると、嬉しそうにほほ笑む袴姿の少女と、その後ろに眼鏡をかけたスーツの真面目そうな人と、だらしなく浴衣を着た梶原のお爺ちゃんがピース姿で映っている。
「懐かしいわねえ。芽衣子さんの成人式の写真ねえ」
「うわ、婆ちゃんか。この時からのんびりした顔してるばい」
「うーん。古き懐かしいインクの匂い。良いっすねえ」
 ガヤガヤと騒げど、皆、写真を見てからの印象が違うことに気付いた。
「そうおっとりでもないわよ。芽衣子さんの方から重ちゃんにアタックしたんだから」
「重ちゃんって梶原のお爺ちゃん?」
「そうよ。このだらしない顔の重ちゃんは、今、隣で呆けてるお爺ちゃんよ」
「昔からひょうきんな人だったんだね」
「そうねえ、私より10歳は年上だったけど、いっつも空を見て空想ばかりしてるような人だったわよ」
「今と変わらないね」
「芽衣子さんのお母様が華道の先生をやってらして、お嬢様の芽衣子さんと花屋の出来そこないの重ちゃんの恋なんて、誰も祝福しなかったんだから」
「そう言えば、爺ちゃんはアホだったけど婆ちゃんやおじさんは品があったなあ」
 そう言ったものの、この写真の中の芽衣子さんは幸せそうだった。
「ばあちゃんが『禁断の恋』とか『家を捨てるつもりで嫁いだ』とか言ってたのはこれかあ。ふーん」
 透真くんや鳩は聞きいってるだけだったけど、私はそうじゃない。少女マンガみたいで素敵じゃん。身分差の恋! 反対されても燃え上がる恋! 情熱的で素敵で、憧れる大将ロマンスだわ。
「お爺ちゃん、顔はイケメンよね」
 このお兄さんよりもよっぽど鼻も高くて目も生き生きとしてて、私が芽衣子さんでも、お爺ちゃんを選ぶ。
「でも重ちゃんが頑なでねえ。芽衣子さんの親父さんも必死さが伝わってこないから駄目だって言っても、動こうとしないで何回か殴られたり」
「うわ。爺ちゃん格好悪っ」
「そっすか? 俺は怖いかもっす。俺みたいな高卒野郎と豆田町の旧家のお嬢が恋に落ちちゃうかんじっすよね。うーーわーーー。めっちゃ責任怖いッス」