「は? 美少女? ……比奈が? ぷぷぷ」
残念。透真君は私がお煎餅を三枚同時に食べられることも知っている旧知の仲だ。美少女なんて認識をもっていない。
「ぷぷ。比奈は、竹を割ったつもりが地面をスッパーンと割ったような親父臭い奴ばい。美少女。ぷぷ」
「あいつ、許せませんね。俺が相手になってくるッス」
 腕を捲りあげて鼻息荒い鳩だが、筋肉の付き方からして勝てなさそうだから止めておこう。
「いや、実際そうだから」
「性格なんて、いくらでも隠せる。俺にはあの病弱美少女の性格なんざ気にしない。欲しいのは見た目だ!」
 その瞬間、鵺は思いっきり殴られた。私に。鳩が、隣にいたはずの私と、自分の隣に置かれた帽子を交互に見ながら目を丸くしている。
「いつでも斬ってやると言ったんだから、今日も斬ってあげる」
 この神社内には黒い靄は見当たらない。だから、私の体調はこの黒い靄を発生する鵺以外を斬れば悪くなることもない。
「女が男の戦いに乱入してくるなよ」
「おじさん臭い美少女だからギリセーフでしょ?」
「貴様、俺の姫だからと調子に乗っておるな」
「どうでもいいけど、その芝居掛った口調止めないの?」
「よーし、お前、比奈がどうなってもいいのか。そこを動いたら俺が比奈を手に入れるばい」
 にやにやと透真くんは、好青年の顔で悪役の台詞を吐く。
「貴様に俺の姫を渡さない!」
 一番ヒーローっぽい事を言っている鵺が、真っ黒のマントで悪役みたいな格好で、一番の癌だ。この刀で人を斬るという行動を思いつかなかったが、透真君を斬ったらどうなるんだろうか。本当の好青年になってしまったら、それはそれでつまらないからしないけど、いつか好奇心に負けたりして。
「腐りきったこの世界、俺が変える。それにはこの誰もが振り返る、透き通るような美女が必要なのだ」
「びっびっびびびっ」
 透真君が、電気を浴びた人みたいに、びびびび五月蠅い。自分がこの世で一番強くてはならない。きっと鵺はそんな陶酔しきった中二病な思考で、自分勝手な世界を謳っている。なので、透真君の馬鹿にしきった行動に苛立ちを隠せないのだろう。
 懐から取り出したのは、ナイフではなく、拳銃だった。雨の中、昨日のシーン再び。銃口を透真くんに向ける。
「うわ、まじ?」
「致し方ない。動くなよ。一番出血の少ない、死なない場所へ打ち込んでやる」

 雨が降る中、とうとう雷がゴロゴロと空の中に生まれ出す。緊迫した中、境内の中で雨宿りしている鳩がのんびりと言う。
「月の神と日の神。二人が朝早く経った後、雷神はのんびり起きたから二人がいないのに気付き、豪快に笑った」
「鳩?」
「そうしてこう言った。それならワシはゆっくりして夕方にここを起つとしよう、まさしく「夕立」
だ。わっはっはっはっ。そう豪快に笑ったのです」
 鳩は空を見上げ、私にウインクする。
「夕立って言うのは夏の間の名前。普段の名前は『にわか雨』」
そ の瞬間、梶原のおじいちゃんのなぞなぞが、昨日から続いていたのだと理解した。
「雷がごろごろと鳴っている時、鵺君みたいに鉄製のものを持っていると避雷針と同じ役割になるから注意っすよ」
「ふん。こいつに穴を開けたら、次はお前だ」
 この瞬間の実権を握っているのは俺だと言わんばかりに、鵺が言う。しかし、雷神は笑った。豪快に笑った。きっと田舎で、小さな三人が何を偉そうに、戦いごっこをしているのかと笑ったのだ。その瞬間、一滴の光が眼にも止まらぬ速さで、鳥居へ落ちる。バリバリバリっと地面が裂けるような地響きとともに、雷が落ちたのだ。
「うわ」
 拳銃を持った鵺のすぐ隣。狐が居たあの鳥居。
「雷神はきっと笑ってるっすね。おや、間違えた。次こそは、あの男にって」
「うわ、逃げろ逃げろ」
 透真君も煙を放つ鳥居から、境内へ逃げ込む。
「お嬢は、雷神さえも使役してるっすよ」
 その言葉に鵺は『さすが俺の姫』と、銃を下ろした。