良く分からずに自転車から逃げ惑う鵺と、自転車で追い詰める透真君は見ていて少し面白い。
「そうっすか。まあ、俺がさっきやっつけようって思ってたんすけどね」
「拳銃持ってるのに?」
「雨の中なら、出せないっすよ。意外とあの人、小心者っぽいし」
「ふうん」
「無知は最大の凶器なりっすよ」
 つまり鵺は、その無知さから無茶はするがそんな大した奴ではないと。良く分からないけど、じゃあ放っておこうと思う。
「ところでところで、この帽子の中の石見て」
「え、石? 猫でも拾ったのかと思ったッス。わ、石だ」
 ツンツンと指先でつつくがそこは尻尾だから止めてほしい。「何か匂う?」
「匂い、っすか」
 帽子をゆっくり鼻まで持ち上げると、クンクンとダイレクトに匂いだした。
「ん。これは!」
「うんうん」
「うどんっす」
「は?」
「や、油揚げ。油揚げの匂いがします」
 聞いた私が馬鹿だった。生き物の匂いがするとか言うかと思ったのに。
「石なんて大事そうに拾うなんて、お嬢は女神みたいっすね」
「止めて」
 見当違いの言葉に寒気がしてくる。でも困った。誰にもこの子は見えないみたいだ。拾ったわけではなく見つけただけ。せめて、秘め百合を見れる事の出来る巫女さんだけでもこの子が見えると嬉しいのだけど。神社の中に居たのだから、この子は神社の中で生きているのかもしれない。生きているのに皆には見えないその姿。うっすらと金色に光っている気がする。
「えええい。お前、さては国家諜報員だな! 早速俺の危険度を察知したとは。なかなかやるな」
「うるさい。俺はお前が仲間をナイフで脅したと言うから俺も自転車に乗って脅しに来たんだ」
 会話が会話になっていないと気付いた時には遅かった。鵺は漸く、透真くんが自分を追いかける理由に気付いたらしい。
「俺が髪を染めていると愚弄してきた奴らのことか」
「そうだ。染めているのか聞いただけでお前がナイフを振りかざしたと聞く」
「それだけではない。染めてないと答えたらハーフかと尋ねてきた。だから俺はこう言った。『大分人と福岡人のハーフだ』と。そう言うと、お前の仲間は笑いやがった!」
「それは笑うわ」
「笑うッスね」
「……あいつら、普段から大したことないギャグにも笑うからな」
「ギャグではない。まあ、祖母がドイツ人だが」
 え。諌山写真館のお爺ちゃんの相手はドイツ人ってこと?でも確かに鵺は綺麗な、絵本から飛び出してきた王子様みたいな綺麗な顔だ。頭の中が残念でなければ、きっとチートな世界を生きていけたと思う。
「じゃあお前、クオーターって説明すればいいだろう。何でナイフなんか出したんだ」
「ザコに舐められては、俺の野望の邪魔になる。最初に、あの学校で俺の強さを披露する必要があった」
「だから俺のツレをナイフで脅したのか?」
「その学園を制するには、その学校の頂点を叩きのめすのみ。どうやら貴様があの学園を牛耳る大将だな」
「は? ば、馬鹿、ちげーし」
 微妙に透真君は照れている。鵺は野生の勘で、頂点に立つために倒さねばならない相手だと不良グル―プを認識したようだ。自ら喧嘩を売りに行ったらしい。
「救いようのない馬鹿だね」
「っす」
「そうだな。俺に勝てたらボスを気取ってもいいばい。じゃけど、俺に負けたら、大人しくしててもらおうか。んで、比奈にも近づくなよ」
「比奈?」
「比奈は俺の大切な妹ばい」
 そこで漸く、私が境内で雨宿りしているのに気づいたらしい。お前の傀儡政治用の大事な姫に気付かないなんて。
「お前もあの美少女を狙っているのか」