恋ではなく、攪乱政治の始まり。

 ある日、大分の平地盆地の山の中、拳銃を持った高校生に出会った。花が咲く四月の、高校への道。拳銃持った高校生に出会った。
「おい、お前」
色素が薄く、引き締まった身体は私より頭一個大きく、きっと同じクラスの女子がイケメンだと騒ぐような男の子だ。
 その男の子が、笑えば誰でも虜になり様な美形を発揮せず、懐からピストルを取り出した。
「お前、お姫様にピッタリだな。俺の野望に付き会え」
 花咲く四月の、高校への道。イケメンに出会った。その拳銃は本物ですか?様々な思考がお花畑の私の頭の中を、花の様に咲き乱れていくが。
 やはり、二時間も遅刻なんてするものではない。私は一言も発することなく、すたこらさっさと逃げ出した。滅茶苦茶変な人だった。せっかく女の私より長い睫毛で、芸能人みたいな顔立ちなのに、笑わないのだろうか。宝の持ち腐れとはああいう奴のことを言うんだろう。こんな平和な日本のド田舎に、あんな玩具の拳銃を振り回すイケメンが出るなんて。
 漸く、一人で先ほどの出来事を脳内整理していたら、頭を、丸めた教科書でスッコーンと叩かれた。
「痛い!」
「ツイッターに、お前がブロック塀の上で走って学校に向かっている姿が投稿されていたぞ」
「日田の観光へ貢献した遅刻って証拠ですね」
「その減らず口を何処まで引っ張ればお前は、その容姿に似合う上品な言葉を話すんだ」
「今はギャップ萌えの時代です。そうしなければこの田舎は生き残れないんです」
「ああ言えば、こう言ってくるからな、お前は本当に」
 大遅刻した私は悪びれもせずに淡々と言い放つと、それが慣れた先生は大きく溜息を吐く。ギリギリ二十代なのだから、おじさんと言うのか可哀相かもしれない。けれど担任の梶原先生は、無精ひげに魚の死んだような眼をしたやる気のない姿からは、若若しさが感じられない。
 度々、私がこんな風に原因不明の遅刻をするので、すっかり慣れてしまったようだ。でも遅刻した理由は寝坊だけでも、イケメンのせいでもない。一度も解けたことのない、おじいさんの謎かけでもない。
ブロック塀の上に登って避けなければ、簡単に私は『忌み』に触れて調子が悪くなってしまうから。本当の理由が、一番嘘くさいから言わないだけ。
「お前も可愛い顔してふてぶてしいが、もう一人、転校生も変わったやつが入ってきたぞ」
「転校生?」
 厭な予感がしたけど、厭な予感をブンブン頭を振って遠ざける。森のくまさんではなく、森のピストルイケメンなんて、そんな、きっと気のせいだ。
「ああ。来て早々に、三年と立ち回りして四対一で大健闘したが、負けたのか逃走してな。保護者に連絡したところだ」
「……さっきのあれ、逃げ出してきた処に遭遇したのかな。やだな」
 呼び止められたけど、逃げ出して正解だった。
「何をブツブツ言ってるんだ」
「いいえ。それより午後からは授業受けるから行きますね」
 これ以上ねちねち怒られないように、また逃げ出そうとした。「残念。今週は家庭訪問で授業は午前中だけだ」
「嘘っ」
そうだったっけ? それならそれで、家で二度寝したほうが良かった。
「ズル休みすれば良かったと顔に書いてあるぞ」
「そんなあ。じゃあ、今日はもう帰って良いんですね」
 いそいそと鞄を持つと、先生が肩を叩いた。嫌だ。女子高生の肩に、おじさんと呼ぶか悩むギリギリラインの先生の手が置かれた。これは間違いなくセクハラでしかない。
「先生、セクハラです」
「遅刻の罰だ。転校生に家庭訪問のやつと家庭調査票を渡して来い」
「無理。無理無理。私、人見知り激しいし。それに顔知らないし」
「大丈夫。お前の家の駄菓子屋の二つ向こうにある写真館のお孫さんだそうだ」
「まじですか!」