旅の仲間を置いて行くなんて。そんな人間の黒い部分みたいな感情もあるのか。
「そこで、雷神の気持ちを50文字以内で表しなさいって問題が出たら私は『月日の旅路に、毎日雷を落とす』って答えるな」
「全然50字に足りないっす」
 鳩の正論に、ラムネ菓子を投げつけたくなった。いや、投げつけた。ビニール製の包み紙を引っ張り開けると、中から小銭ぐらいの大きさのラムネが五つ出てくる。鳩はそれの一個を摘まんで鼻に近づけると、匂いを嗅ぐ。
「でも、毎日雷を落とすって無理ですよ。スカっとすれば怒りは収まる。執着するのはその二人が好きだったから? その二人が幸せなのに自分だけずっと嫌いって負の感情を、心に宿すって、絶対疲れちゃいますよ」
「…そうだね。雷神じゃなくて悪魔になるかもしれない」
 結局、鳩はラムネ菓子を食べすに包みに戻すと、手についた白い粉を舐めた。優しく微笑むので、味は悪くなかったのかもしれない。
「お嬢は、なかなか起きないから置いて行かれそうっすね。そうしたらさっきみたいにシュンシュン相手を斬り倒してしまいそう」
「失礼な。そもそも面倒だから旅に出ないわよ。馬鹿」
「くひゃっ」
 威張り腐った私の発言に、鳩が気持ち悪い笑い声を上げる。さっきの私の言動については質問しないのだろうか。ひょろっとしたジャージにジーンズの謎のイケメン。しかも、意外と話のレスポンスや知識力は聞いていて不快ではない。喋り方は、なんか腹が立つけど。その何も語らない大きな背中は、薄暗くなった店の中の駄菓子と一緒に並べられている。こちらに背を向けて、駄菓子を見ながらどんな表情をしているんだろう。
「お嬢、さっきの事ですが」
「うん」
「このラムネの包み紙と一緒っすね」
「は?」
「お嬢が手すりから、鵺君のもとへ飛び降りた時に、スカートがふわりと舞って、この包み紙と同じ柄でした」
 ラムネの包み紙は、青のボーダーだ。そして私は、昨日の夜に履いた自分のパンツを一瞬で脳裏へ浮かばせた。うん。青のしましまだ。
「やっぱり出ていけ!」
 こんの野郎。煩悩も切れないかと刀を握り締めたが止めた。おばあちゃんが店番する時用の丸椅子を持ち、振り回す。
「ぎゃーーーおばさんっ」
「駄目よー。暴れたらお菓子に埃が付くでしょ」
「そうよ。暴れずにそこに気をつけの姿勢で立ちなさい! 殺してやる」
「ヘルプミー」
「ただいまー。お、今日はカレーかな」
 ナイスタイミングで、お店の方から帰ってきたお父さんに、鳩が泣きつく。私が椅子を持ち上げたまま舌打ちをすると、お父さんは私と鳩を交互に見て首を傾げた。前言撤回だ。美少女の下着の色とラムネの包み紙を同じだと表現するなんて信じられない。雷神もこんな空気の読めない部分があったから置いていくしかなかったのかもしれない。そう思うと、全く雷神に同情できず、それどころか鳩と重なり嫌いになりそうだ。
「比奈、機嫌を直しなさいよ。鳩君が隅っこで泣いてるじゃない」
「知らない」
 カレーに思い切りスプーンを突き刺すと、お父さんの隣でカレーの前で硬直している鳩が跳ね上がった。
「比奈も今度から人を蹴るときは、中にズボンを仕込んでおきなさい」