「あんたも年上なんだから私に敬語は止めて」
「やー、修行の身なんで、俺は」
頭をポリポリ掻きながら、なんとも情けない事を言う。見た目は、中二病の鵺よりも良いし実は博識なのに。
「脅したのは、本当にナイフだったのかな」
 あいつが私を脅したのは、拳銃だったのに。もしかして、本当は拳銃で、ビビった三年が事実を言えなかったとか?
「あの男の子なら普通に胸ポケットとかにナイフ仕込んでそうじゃないッスか」
「言えてる」
 あんなに自信満々に世界征服の野望を謳い、斬っても斬っても黒い靄が溢れてくるのだから。きっと他にも手を打っているはずだ。
「もーう。お父さん、まだ寒いんだからお店に入っていてよ」
 フラワー梶原の前で、お弁当を持ってきた梶原のおじいちゃんの娘さんが騒いでいる。  
 私たちが住む、大分県日田市は、周囲を1000m級の山々に囲まれている日田盆地は日本二十五勝に選定されている。日田盆地は、すり鉢状で空気が滞留しやすく、気温の日較差が大きい上、多くの川が流れているため、秋から初冬にかけては底霧と呼ばれる深い霧が発生し、午前遅くまで残る。
 また、気温の年較差も大きく、夏は暑く、冬は寒い。つまり四月の初めの今も、朝は霧が出るし、夜は冷えていく。周囲を山々が囲んでいるせいで、怜気も熱気も閉じ込めてしまうこの盆地。良いことと言えば坂道が無いことぐらいだ。坂道が無いから自転車の移動も多い。小学三年生で自転車のテストが、学校に警察の人が来てからわざわざ行われるぐらいだ。
 だから、薄着で店の前で丸椅子に座っているおじいちゃんを、娘さんは心配で怒鳴っている。シャッターを開けた花屋は、花が一本も無いだけで寂しく、取り残されたような廃墟に見える。梶原のお爺ちゃんは、娘さん夫婦との同居を断ってお店の二階で住んでいる。だから毎日こうやってご飯を作りに来てくれたり持ってきてくれたり、二階まで一緒に上がってくれて。それを見ている私としては、大変そうに見えるからやっぱ一緒に住んだ方が楽だと思う。
 けれど、お婆ちゃんとの大切な場所からお爺ちゃんは離れない。シャッターか閉じられたけど、足元が少しだけ中途半端に開いていて、二人の(一方的に娘さんの)声が聞こえてくるのは、嫌な声ばかりで耳を塞ぎたくなった。
「そう言えば、さっきの謎かけ、どうして雷神だったの?」
 駄菓子屋の前にはもう子どもの姿はとっくに消えてしまっていた。店の奥で、お母さんが夕飯の準備を始めている。
「そーゆう話を聞いた事があったッス。落語だったかなー、なんか古文の授業だったかなー。月の神と日の神が、一緒に旅をする雷神の雷の音が五月蠅くて、宿に置いていく話」
「ふーん。神様って意外とそんな卑劣なことしちゃうのね」