「……」
 流石の鵺も言葉を失って固まっている。
「ふん。傀儡と言ったら怖がるかと思って名前を変えただけだ。要するに俺の操り人形だ」
「偉そうに何を言ってるか分からないけど、帰れ」
 こいつ、日本を支配したいとか妄想が壮大過ぎる。妄想は妄想のままなら勝手にしてくれていいが、私を巻きこまないでほしい。
「ふ。俺は、どんな相手も素直にさせる術を持っている」
「はいはい。凄いですね。超能力者ですか」
 自分はこんな体質だけど、超能力者なんざ見たことないし。物の怪の類も、この刀を頂いた時以外、知らないし。本当に超能力者なのかお手並み拝見させて頂きたい。「これだ」
ガンホルスターから取り出したのは、小さな拳銃だった。
「玩具でしょ」
「玩具だと思うか。では打ってやろう」
 カチャっと音を立て、右腕が上がる。すると、そいつは鳩の頭を狙う。
「ちょっと。あんたより優秀な鳩に怪我させたら許さないわよ」
「ふん。だが、そいつに守られていてはお前は俺の言うことを聞かない」
「え、え、えー。マジっすか! 俺大ピンチじゃないっすか。わー、まだ価格破壊の激安お菓子食べてもないのに」
 回りくどい言い方をせず、駄菓子と言え駄菓子と。パニックを起こし慌てる鳩に、鵺は容赦なく銃口を向けた。銃口を向ける冷たい瞳の鵺が、この秘め百合を下さったあの夜の姫神に重ねていく。二人の輪郭が重なったその時、あの痛みを思い出した。

『可哀相に。忌みが見えるのね』

 学校へは、小学校は登校班という近所ごとに集合して六年生が先頭、五年生が最後尾で登校する。だから一年生だった私は、並んで歩くその中で、避けることもできず、黒い靄を見つけても目を閉じて通過していた。
 いつ頃から見えるのか分からないけど、家の中や豆田町の中では見ない。そこから出て、学校への道なりや学校の廊下では見かける。けれど、朝の登校だけは避けられず、その靄をすり抜けて歩き、学校に到着するころには気分が悪くなっていた。それが蓄積し、一か月もしないで私は原因不明の熱で三日三晩魘された。
 その時に、隣の梶原のお爺ちゃんが姫神神社にお祈りに行ってくれたらしい。その夜に現れたのが、姫神様。大熱で見た幻かもしれないけど。
『その昔、貴女のように病弱な男の子に、この刀を渡した。人は斬れないが吸い寄せられる忌みを斬る事ができる。白く美しいその刃は秘めた力が百合のように咲き乱れる。私の刀』
 そう確かに聞こえた気がした。高熱で魘された時にすがった自分に都合の良い夢だと思いたかったけれど。その日の朝、汗をびっしょり掻き熱が下がった私は両手で刀を握り締めているのだ。夢か現実か分からず悲鳴を上げると、お父さんとお母さんが熱で私がおかしくなったのかと部屋に飛び込んできた。
 結果として両親には刀が見えなかったので、私は高熱で頭がおかしくなったのではと暫く警戒されたらしい。
 偶々、大原八幡宮仲秋祭である放生会(ほうじょうえ)で巫女さんにお会いした時にその刀に気づいてくれたから疑いは晴れたけど。
「貴女がこの刀の鞘なのね」
 優しく笑う巫女様は綺麗だった。
「私たちは触れられないし見えないけれど、貴女は特別なのね」
 そう言われて、私は自分が回りとは少し異質な人間なんだと気づかされ、絶望する。普通で良いのに。変な黒い靄に怯える事もなく。登下校で倒れる事もなく。普通で平凡で平均的で良かった。私は普通の女の子だとそう思いたかったのに。
「覚悟しろ」
 だからこの鵺という男の子なんて大嫌い。私が必死で取り繕った平凡な日常を、バラバラに壊そうとする。いや地が年寄り臭いから平凡ではないかもしれないけど。でも。私は今もなお黒い靄を排出する鵺に刀を構えた。