麗子はゆっくり、ぽつりぽつりと話し出した。


釘本鳴海。店長の本名を口に出しながら、昔の幼く純粋だった鳴海を思い出す。母親は、派手で色気を漂わせた、女性。夜の仕事をしているようだった。姉と思われる方も、母親に似た強気な顔立ちだ。弟である鳴海さんは、穴だらけのよれよれのセーターに、いつもにこにこな優しそうなあどけない少年だった。


夫が病に倒れ、急遽夫に任せていた幾つかの不動産を麗子が管理する事になった時、とは聞こえがいいが元々は不動産の管理を麗子がしていたので、2,3個増えるぐらい別に何とも思っていなかった。あのアパートも同じ。不動産の1つぐらいしか考えていない。

『あれ 管理人のおじさんは』


けれど麗子が業者に頼み草むしりをしていた時に、鳴海に会った。ボロボロで伸びきったセーターで、手も隠れるぐらいサイズが合っていない。少し、薄汚れて匂いもした。

『夫は、入院中なんです。今日から私が管理人になります』
『そうなんだ! 僕ね、なるみっていうの。おじさんの代わりに遊んでね』
 まだ当時一年生なのに、ボロボロの黒いランドセルをいつも背負っていた。草むしりが終わった後、麗子が帰る時に走って追いかけてきた。
『管理人のおばさん、待って!』
『なぁに』


鳴海さんは麗子に、広告で作った鶴を一羽、手のひらに乗せてくれていた。
『これ、おじさんに渡して。僕ね、早く良くなりますようにって折ったんだ』
『まぁ……』


鳴海はこの頃から、とても心の優しい少年だったようだ。
 次に麗子が会ったのは、鳴海さんのお母様だった。突然、依然意識不明の夫の病院にやってきた彼女は、どぎつい香水に、盛られた派手な髪、胸元の開いたドレス。彼女は、麗子をじろじろ上から下まで観察した後鼻で笑い、吸っていた煙草の煙を吹きかけてきました。

『あら、あんたがあの人の奥さんだったの』
『それが、何か……』
『もうすぐ、旦那様、死ぬんでしょ うちにも遺産貰う権利があるんで、その話に』
 その時のとても勝ち誇った顔が、今でも麗子の脳裏に貼りついている。


『はあ』
『鳴海、あの人との子どもなんで』
『……認知はされていますか』
 冷静に言うと、彼女は煙草を地面に叩きつけた。
『血液検査でも何でもすれば良いわ!』
『そうですか。でも残念でしたわね』
『は』
『夫には財産なんてありませんわ。婿養子ですもの。岸六田の不動産は、全て私が受け継いでいますの。後は裁判でも何でもして、貴女から鳴海さんを頂きますから』


麗子が、つい彼女を負かしたくて言ったこの言葉……。これが、鳴海が『監禁』される原因になったのだ。

彼女は、麗子が鳴海に執着していると思いそれを逆手に取った。後から分かったのだが、借金で回らなくなっていた様で大金が欲しかったのだ。姉の真絢を、子供の居ないお金持ちの家へ養子に出し、――莫大なお金と引き換えにしたのにも関わらず。


「彼女は鳴海さんにこう言ったの。『お姉ちゃんは死んだ。勝手に家を出たから死んだの』そう言って、花忘荘の庭に土をかぶせただけのお墓を作って鳴海さんに見せましたの。『鳴海は勝手に出て行かないわよね 出て行ったらお姉ちゃんの様に死んでしまうわよ』と。毎日毎日、墓の前で言っていたらしいわ」

 そう言って、誰にも会わせないように部屋に閉じ込めた。