眼鏡の奥の寂しげな瞳が大きく見開かれた。「そんなの嘘だよ。私のお母さんは、兄弟も居ないし、祖父母ももう居ないって言ってたし」
 みかどの母親は幼いころ、みかどが物心つく前にはもう亡くなっていた。父親が優秀な子が欲しかった所を、皇汰が幼稚園時代から類まれな才能を発揮し、それを買われ愛人だった義母と再婚した。

「お父さんにまだ隠し子がいるなら分かるよ。今だって、怖いけどあんな綺麗な義母がいるのに、八股がバレて海外の研究室へ逃亡しちゃうぐらいだし」
「うっわ。八股」
千景が驚く中、店長はのんびりとおしぼりで熊を作り始めていた。

「でも、俺、母親がここの名前出して誰かと電話してんの聞いたんだよ。『あの子と血が繋がった出来そこない』ってはっきり聞いた。俺は聞いたぞ!嘘じゃない」
「うーーん。では、それは僕じゃないでしょうか」
 おしぼりを熊にし、みかどに差し出しながら店長は笑う。


「僕は、記憶喪失みたいなものをこじらせていまして。ここで可能性があるとしたら僕だけですね」
「記憶喪失」

 みかどが言葉に詰まると、すぐに千景がクッキーを店長の口の中へ押し込んで、珈琲を流し顎を閉じる。そして明らかに動揺した笑顔で笑う。

「気にしないでー。店長もその話はしないって約束でしょ」
「ううう。大事に食べたかったのにごっくんしちゃったじゃないですか。でもそうでしたね。もう誰にも迷惑かけたくないですし。でも、此処で素性が分かっていないのって僕だけですよねー」