車の窓が開き、中から不機嫌そうな岳理の姿が現れた。サングラスの上からでも、不機嫌なのがわかる。
「早く、乗れ」
 視線を無視するかのように岳理に言われ、慌ててみかどは乗り込む。
 乗り込んだ後で気づく男の人と二人きりという空間。緊張しながら車の中をキョロキョロ見渡すと助手席は、革製の高級感ただよう作りで、飾られている香水の瓶や、黒い薔薇が刻まれた煙草の灰皿はお洒落だ。ハンドルを握る大きくてゴツゴツした手や、広い肩幅、色気のある横顔を見ていると密室にせいかどんどん息苦しくなっていく。


「――何」
じろじろ見ていたのを、サングラス越しに睨まれました。
「いえ。お仕事、本当は何されてるのかなぁと……」
 そう言うと、もう慣れてたが、岳理は舌打ちしました。この舌打ちも、慣れれば不快にならないから不思議だ。岳理の不器用な、返答みたいで。
「来れば分かる」


そう言って、降ろされた場所でみかどは躊躇する。
「や、やっぱり帰ります」
「行くぞ」
 拒否権は、ないのか。目の前には、108段と書かれた石の看板と、長い長い石の階段を見て、真っ青になりながら心の中で呟いた。階段の一段一段が、大きな石で広くて高くて一段を伸びるのも一苦労だった。ただ、石の階段はひんやりしてるから、涼しかったのが唯一の救いだろう。
「うわっ……」
 到着した頂上は、ご年配の団体客がちらほら。余りの広さに天竺かと思うほど。大きな木造の門をくぐり抜ければ、遥か向こうに本堂が見える。
 団体客の誰かが鐘を鳴らしたりお賽銭を投げているのが、微かに分かるぐらいだ。販売所も人が多いし、1つひとつの建物が、趣があり美しい。


「こっち」
 桜の木を何本か通り過ぎ、またまた大きな門をくぐり抜ける。此方は立ち入り禁止と書かれている。地面は石が敷き詰められ、歩く度に何とも言えない響きが聞こえてくる。
「こんなに大きなお寺だったんですね。目が回りそうです」
「……古いだけだ」


 そう言っているうちに、松や椿、池などがある広い庭を横切ると、小さな温室が姿を現した。小さいと言っても、この寺の規模が大きすぎるだけで、普通の家にあれば大きすぎるぐたいの。ビニールハウスを想像していたみかどは、ガラス貼りの、植物園のような綺麗な建物に驚きを隠せないようだった。


「亡くなった祖父の趣味。今は誰も育てる人が居ないから花とかは無いし、サボテンだけ」
 そう言って、中に入るように促される。中はガラス張りの吹き抜けの天井から、光に溢れキラキラ眩しい世界が広がっている。温室と聞いていたから暖かいものだと思っていたけれど、ほのかに温かいぐらいであまり外と変わらない。サウナみたいな熱さを覚悟していた分、拍子抜けだ。
「みかどっ」
 呼び捨てに若干の違和感を感じながらも、おいでおいで、されたので前に進む。