「ああ、おばあちゃん、来週帰ってくる事になったわ」
 大学に行く朝、迎えに行くと千景が言った。まるで、挨拶するかのように、あっさりと。

「でも、本当にひょっこりだから、いつかは分からないよ。ベルギーで鳴海さんにチョコを買うから寄りたいとか言い出して、日にちは分からないって言ってた」
 スーパーに野菜を買いに行くかのような、セレブの買い物だ。

「実は、私も行方不明の父と連絡がとれそうです」
「やったね!なんかとんとん拍子だよね」
 千景がそう微笑んでいたが、急に真顔になった。千景の見ている方向を見ると、――店長がいた。ボサボサ頭のパジャマ姿で、昨日完成した花壇の前で座り込んでいる。

「鳴海さんが倒れて役に立たなかった間に、完成したのよ」
 顔を上げた店長は、申し訳なさそうに微笑んでいた。
「すみませんでした。でも、もう落ち着きました」
 そう言って、花壇に刺さっているプレートを愛しげに見つめた。
「ビオラとサフィニア……って御花を植えたんですね」
 楽しみです、と微笑む店長の横顔は可愛い。
「私、植物図鑑持ってますよ。見ますか」
「はい。――ありがとうございます」
「………」

 いつもと変わらない、日常。変化の無い店長。なのにみかどはとても落ち着いて店長を見れた。土曜日、岳理と暴れたり泣いたり叫んだりしたのは、店長には何一つ届いていない。そう思ったら、みかどの心はとても冷静になれた。冷たいほどに。
「あら、植物図鑑」
 千景も店長が見ているのを覗き込む。
「うん。がく………!」
 岳理さん、と言おうとして、冷静だった心臓が早く波打った。
「みかど」

 挙動不審なみかどを覗き込んで首を傾げる。
「だ、だだ大丈夫! 早く大学行こう!」
 何度も何度も首を振って、無理やり思考を吹き飛ばした。考える事がいっぱいありすぎて、みかどの頭は爆発しそうだ。
「行ってらっしゃい」

 店長が手を振ってくれている。今はそれで満足だと思いこむ。
「ねぇ、千景ちゃん。デートの基準って、何」
「ぶっ」
 全く予期していなかった発言だったのか、千景は噴き出した。
「や、あのね、私、デートなんてこの前が初めてだったから! でも、2人きり逢う時とデートの違いって何なんだろうって、その、……分からなくて」
 あたふたしてると、千景は少し考えて、首を捻る。
「下心」
「下心!」

 今度は全然予期してない返事にみかどが驚く番だ。
「あわよくば仲良くなりたいって思うから2人で会うんじゃないの……。独り善がりならどうなんだろう」
 千景は一生懸命考えてくれている。何か申し訳なくなる。
「また、デートするの」