『このカフェに姉ちゃんの兄が居るはず』
 皇汰がそう言って、此処にみかどが住むようになって数週間。気がつけば、桜は散り、夜の道に絨毯を作っている。月明かりと電灯だけの静かな道はノスタルジックで綺麗だ。
 店長は27歳。みかどの兄だとしても9歳上。難しい年齢差だ。一番歳が近い理人たちでさえ24歳。ドラガンは年齢云々の前に国籍が違う。葉瀬川は、父親とほぼ年齢が変わらない。この中に本当に自分の兄が居るとは思えなかった。


「やだっカフェの裏が雑草でお化け屋敷みたい」
「高級マンションの隣って惨めねぇ……。お化けでも出そう」
「出るよ、お化け。夜中に、子どもがすすり泣く声がするんだ」


 トールの接客中だったが、真面目な顔でサラリと言う。女の子たちは怖がってその話に聞き入っていた。

 そう甘く囁くと、3人の声はどんどん離れて、聞こえなくなっていった。
「お、おおお化けでるんですか!」
「――さぁ。僕は見たこと無いですが……」

 店長は考え込んでから、アルジャーノンの周りを見渡す。
「築六十年のひび割れたコンクリートの壁、茫々に生えた裏庭の雑草、高級マンションのせいで薄暗い見た目……。出ない方がおかしいですよねぇ」
「ひぃぃっ」
 カフェの内装は新しく綺麗だが二階から上は六十年といったら歴史を感る。
「ごめんね、みかどちゃんっ怖がらせた!」

 走って戻って来たトールさんは、みかどの顔を覗き込んだ。案の定、怖がっている姿を見て、申し訳無さそうな切ない表情を見せる。
「おおおお化け、」
「うん。昔ね。もう大きくなったし、出ないよ」

 そう言って隣の高級マンションを見上げた。

「あっちの高級マンションも、千景ちゃんのおばあちゃんが建てたって知ってた」
「えっ」
「千景ちゃんのおばあちゃん、ここら辺の不動産王だからねー。葉瀬川さんもあのマンションの最上階に住んでるし、以前はあっちの住民からは、不気味だからって苦情が来たり、駐車場にしろって抗議が来たり大変だったよ……。嫌な事件もあったし、ね」