岳理とのデートの翌日から、店長ががよそよそしい。みかどの勘違いではない。
「こんにちはー」
「はい。こんにちは。今日もよろしくお願いします」
 挨拶もそこそこに、店長はキッチンに入り、出て来ない。

「お兄さん、お昼食べました」
「忙しいから、交代で食べましょう」

 やんわり、優しく距離を取られる。日曜日の事を気にしているようだが、みかどに関係ないと突き放された手前、どうすることもできない様子だ。
 心なしか、今日の被りモノの兎の耳も垂れている。義母の事も、岳理の事も話せないし、フラッシュバックの件も結局は分からなかった。その代償に避けられるのならば、なんとも大きな代償だろう。

 一人でお昼を食べて、ロッカーから出ると、店長と定宗がテラス席で日向ぼっこしていた。店長が撫でようとすると、ピシャリと尻尾で手を叩く定宗。何度かチャレンジすると、1、2度なら触らせていた。けれど、少しでも店長が定宗さんから離れると、じりじりと距離を縮める。それを店長は愛しげに見つめている。店長と定宗の間には、しっかりとした絆があって自分にはその絆が無いだけ。

 繋がっていれば、どんなに突き放しても、絆は壊れない。そう思うと店長の後ろ姿が、苦しい。
「す、みません。お兄さん」

 勇気を出して、その背中に話しかけた。けれど、振り返るのを恐れた、そのまま後ろを向いて、ロッカーへ駆け出してしまった。

「用事を思い出したので、今日、やっぱり帰ります! 本当にすみませんっ」
 そのまま、返事も聞かず、エプロンを急いで脱いで帰ってきた。必要最低限の家具しかない、ガランとした部屋で、アルジャーノンと一緒に窓辺でボーっとしている。
「アルジャーノン、私が悪いのに、胸が痛いんだ……。何て、自分勝手で、最低なんだろう。 しかも、バイトだって逃げ出してしまった。……こんなの、更に明日が気まずくなるだけだ」
 自分でも分からないまま、店長の背中を見たら苦しく逃げ出すしか無かったのだ

『千景ちゃん、胸が苦しいです。心臓病かもしれません』
 そう打って送信すると、アルジャーノンをテーブルに置いて見つめ合った。まだ心臓は重く鈍い。
(岳理さんとデートなんてしなければ良かった……。でも、岳理さんの考えやお兄さんへの気持ちだって理解できたし……)

『大丈夫かー 帰ったら部屋に行くね。』

千景からはすぐに返事が来た。顔文字まで打ってこの速さに関心して涙が少し引っ込んでいた。
 感心している最中にドアをノックされた。

(――千景ちゃん、帰るのも早いなぁ)
そう思って、急いで出たら、
「心臓、大丈夫ですか!」
 店長が其処にいた。