そう尋ねると、岳理は無造作に伸ばされた髪を掻きあげて、此方を睨みつけた。
「楠木真絢。あんたの、継母。あいつを鳴海に近づけないため」
サーッと血の気が引いていくのが分かった。だが、理由が分からない。
「お前、利用される前に鳴海の隣から出て行け。楠木教授に、この話を伝えたいから、あんたに連絡を取り次いで欲しい。そう思って今日、あんたと会いたかったんだが」
二人は互いに不器用すぎて遠回りしてしまっただけだった。
「父は音信不通で」
「っち。こんな時に」
「わ、私も、岳理さんにお聞きしたいのですが……」
そう言うと、真っ直ぐ見てくれた。今まで、この人が怖くて直視できていなかったみかどだが、本当は自分と店長の為に、あんな事、言ったのだと今なら理解できる。
「お兄さんは、どうしてフラッシュバックを起こしたんですか」
そう聞いた途端、ばつが悪そうにやや目線を逸らされた。そして、此方を見ずに応えてくれた。
「――楠木教授とあの女が、抱き合ってるのを目撃してしまった、から。義母は鳴海の記憶を全部傍で知っている人物だからな。だが、俺は何でフラッシュバックしたかは分からない。ただ、その現場を二人で目撃してしまって、倒れた鳴海を、ババアの所に運んだだけだ。何も、知らない。何も、知らなかった」
「ババア」
「千景って女の婆さん。鳴海の身元引き取り人あのババアなら、全部知ってると思う。楠木教授に連絡取れないなら、あのババアと連絡取れないか」
「千景ちゃんに聞いてみます」
観覧車が頂上に到着する頃には、夕日は完全に沈み、空は夜の顔になっていた。作戦は失敗したけれど、最初から逃げなければもっと真実は、近かったのかもしれない。
「鳴海は……」
岳理は、重い口を開いた。
「鳴海は、俺に初めてできた、『親友』だった……」
その時、朗らかに笑う店長の隣で、暖かく見守る岳理が想像できた。岳理も、ただ店長が心配なだけだったんだ。
ヴーヴーヴーヴー
「電話、出ろよ」
「そ、ですね」
何故か、今はまだ会話が無くても2人で居たかった。同じ気持ちのこの人と。………ピタリと携帯が静かになると、岳理は溜め息をついた。
「今日は、楽しめたか」
「はい」
「初デート、楽しめたか」
「あ……良い体験になりました」
初めて乗ったジェットコースターも珈琲カップも、とてもわくわくして楽しかった。
「そう」
短い会話をした後は、下に降りるまで無言だった。けれどもう岳理を、冷たい瞳だとは思わなくなっていた。



