起きても、みかどの気持ちはどんよりしたままだった。まるで気持ちを映し出したかのように雨も降りはじめた。小心者のみかどが、寝ただけで簡単に忘れるわけはないのだ。怖いけれど――本当にこのカフェに自分の兄が居るのならば初めて自分から行動に出ようと心に決める。勇気を出して千景に全部聞いてしまおう。店長の事を。そう思いたち、学校から帰るとカフェへ急ぐが千景の姿はない。

「おはよう、誰を探してるの」

 トールが眠たい眼を擦りながら、制服のままちょこちょこ走り回るみかどに話しかけた。
「あの、千景ちゃんです」
「千景ちゃんなら今日はテニス同好会じゃないかな。あの子、色んなサークル掛け持ちしてるから」
「そうなんですね」
 連絡先を交換しておけば良かったと、みかどは肩を落とす。店長の昨晩の様子を見たら、みかどは不安になったのだ。店長がどんな人なのか知らないが、優しく朗らかなのに対し、記憶喪失の自分の話をまるで興味持たず『奇妙で異質』な環境を日常として過ごしていそうで。
「呼び出してあげるよ。ついでに連絡先交換しようよ」
「え、あの」
「本当のお兄ちゃんかもしれないんだし」
「――何してるのー」
 カフェの裏口が開き、オールバックにした葉瀬川が二人を見ている。――今日は木曜日。カフェはどうやら葉瀬川が担当日らしい。
「はははっ君みたいな可愛い子と、珈琲を飲みながら漫画を語りたいなって思ってたんだよね」
「えええ!」
 本当に葉瀬川さんだろうかと疑問に思いたくなるような爽やかっぷりにみかどは戸惑う。いつものアンニュイな雰囲気は微塵も無く、爽やかに笑う渋いイケメンが此処に居る。そのまま葉瀬川は、店内のインテリアを変えだした。窓際には、ルーペと本、そして枕。このカフェは毎日インテリアを変更しているのかと思うと頭が下がる。

「凄いじゃん。葉瀬川教授は、有名な教授なのに」
「へ、へぇ……」