「二人の為に5品は無理でも、せめて3品はと思ってね」
 水菜とじゃこのサラダ、大根と油揚げのお味噌汁、そしてハンバーグをカウンターに並べてくれていた。

「どうせ今から和歌の歌合せやら本能寺の変ごっこやら、二十二時過ぎまでこのカフェ開いたままなのよ。こっちも自由にやりましょう」

「でも、今の方も上の階に住んでいるのでしたら挨拶したいのですが」

 和服を着こなす綺麗な王子様だった。火曜日のリヒトとトールといい、このカフェにはイケメンしかいないのかとみかども驚きを隠せない。

「そうねえ。じゃあ私はもう一品作ってあげるから鳴海さんにお願いするわ」

どうもあの外人と千景は相性が悪いようだ。代わりに店長は嬉しそうに引きうける。店長の後ろをついて行く、外人は茶会を開いていた。赤い布が壁一面にかけられ壁側の本棚完全に隠れる中、下に赤い絨毯を引き、茶会を開きながら俳句らしきものを読んでいる。

「ながきよのとをのねぶりのみなめざめなみのりぶねのおとのよきかな」
外人がそう読むと、座っている50~70代の奥さま方が拍手喝采している。
「この日本語。この日本語の美しさはもう説明などいらぬだろう。そう反対から読んでも全く同じ! つまりこの文は回文なんでござる! 今日、銭湯友達のお爺さんに教えてもらって、目眩がするぐらい美しい日本語に酔いしれてしまい……」
 そういうと、どんどんおこちょに日本酒を継いで飲みだした。

「今日はそんな美しい回文を作ろうと思う!」
「匂う鬼」
 誰かが挙手してそう言うと、大喝采が再び起こった。

「あのう。ドラガンさん、ちょっと宜しいですか」
 お客が回文をスマホで検索したり頭を傾げながら考えている今だと、店長は外人とみかどを対面させた。
「ドラガンさん、この子、201号室に入ったから、よろしくね。楠木みかどちゃん。可愛いでしょ」