見上げた夜空はあの日の夜空に良く似ていた。ただ一目だけ、会いたかった夜の空。店長の事で悩む時、支えて抱きしめて貰った夜。本当は抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて、離さないで欲しかったのを、隠すのは辞めよう。
 登り切った先で、戸締りをしようとしていた住職が、そのみかどの様子に駆け寄って来る。みかどはふらふらな身体で走り寄ると、住職の袈裟を掴んだ。岳理の父親が、みかどの足を見て慈しむように微笑む。それが、――みかどの此処まで走ってきた意思を包み込むようなう優しい笑顔だった。
 縁側で手当てしながら聞いたソレは、みかどの気持ちを揺さぶる。此処まで背中を押してくれた、アルジャーノンの皆のお陰だった。真実は、言葉にすれば痛みが広がり、涙が込み上げて――みかどを安堵と悲しみに染めた。同時に岳理の優しさに、足の痛みが飛んで行く。そう言う人なんだろう。不器用な、岳理と言う男は。みかどは住職に御礼を言うと、一人、階段の落し物の場所へ座り込んだ。
 此処で、落とした気持ちごと岳理が来るのを信じて座る。暫く星が瞬くのを見ていた後、バイクが猛スピードで突っ込んで来ると、みかどの目の前で止まる。バイクを投げ出すように降りると、その人はみかどの横に倒れ込んだ。
「……お、まえっ」
ヘルメットをとると、その人はセクシーに髪をかき肩で息を整える。ハァハァと荒い息を吐き出し、汗が頬を伝い落ちながら、ぐるんと大の字に寝転んだ。
「か……、んべんしろよ」
 元気なみかどを見た瞬間、倒れ込んだその人は、心の底から声を絞り出す。ぽたぽたと、冷たい石の階段に汗が染み込んでいく。
 この人は、どこまで探しに行ったのだろうか
 この人は、どれほど心配してくれたのだろうか
 この人は、みかどと店長の為にどれほど自分を殺し嘘を吐いたのだろうか。
 今なら、みかどでさえ倒せそうな程に、フラフラで情けない悪役。
「人がど……んだけ心配したか」
 っち、と舌打ちすると、視線だけみかどを捉える。
「……私の気持ちを、『彼女のふりして貰った』ぐらいで消せると油断したからですよ」
「おまえ……」
「私は『おまえ』じゃないです」
 岳理の顔を見つめた。
「岳理さんのお母さんは、うちの母が担当していた患者さんだったんですね」
「……っち」
「聞きました。住職さんから聞きましたよ。岳理さんのお母様は今、療養で此処には居ないって。知って……知ってしまいました」
 胸がきゅうぅッと痛み、みかどは胸を押さえる。
「こうやって、自分に彼女ができたふりをすれば、私とお兄さんが慣れることはないって悪役になってくれようとして。つまり、私には本当の兄は居なかったんですね。何処にも――本当の兄なんて」