「おい、この問題、全然答えがあわねーじゃないか」
「ひい」
「岳理君、スパルタは其処までにして。紅茶でも如何ですか」


 楠木みかど十七歳。現在――受験を控えた夏休み。大学受験に気持ちを切り替えたみかどだったが、希望大学が今の状況なら危ういと、連日のごとく日替わりで皆が家庭教師をしてくれていた。千景だけは、ギリギリで受験に受かった過去があり家庭教師は無理だと逃走し、こうして岳理と店長が交代で教える日が出来ている。
 みかども、生活費はきちんと毎月振り込まれているので、バイトの必要はないのだが――皆と会えるこのカフェが居心地が良いのか毎日此処で勉強している。
「そういえば、麗子さんがもうすぐ日本へ戻って来られるらしいですよ」

「お、お土産はもうあんなには買って来られませんよね! まだ、消化しきれていないお菓子もありますよ」
 みかどが焦るが、店長はのんびりと首を傾げるのみだった。彼女のちょっとしたお土産、と言い張る量には、カフェの皆が大体諦めているのだ。
「こんなに理系が弱いんじゃあ、うちの寺で合宿させるぞ、ごら」
「ひいい」
 みかどが目指す大学は、店長たちが通っていたT大には足元にも及ばないが、みかどの学力ではギリギリ受かるだろうといった場所。もっと合格率を上げて余裕を持ちたいのならばもう少し学力を上げる必要があった。
「岳理さんのお寺って――」
 不意に、みかどがあの階段の事を思い出す。だが、こうして血が繋がった兄妹だと分かった今、あの階段の出来事は夢の中で起こったことだと思うしかなかった。
「みかどちゃん、僕で良ければ教えますよ」
「お兄さんっありがとうございます」
喜び問題集を開くみかどに、店長は甘いクッキーの匂いを漂わせながら、勉強を教えていく。その姿を、岳理はただただ黙って紅茶を飲みながら見つめていた。

「ねえ、みかどちゃんって岳リンと何があったの」
「ぶふーっ」
 そんなツッコミが来たのは――岳理が帰って、カフェで一人問題集をしている時だった。「あれ、地雷だった」